私とディーノさんは呆然とパソコンの前に立ちすくんだ。

(デジャヴ…?)
 いや、デジャヴじゃない。これは前にもちゃんと体験した事だ。
 持田先輩の事があって、皆で音楽室を探していた時。内藤が、見知らぬ人形を持ち上げた。なぜか今まで遠い昔の話だった気がするのに、いきなり今起きたことのようにひしひしと思い出してきた。
 自然と顔が強張る。傍にいるディーノさんの気持ちが、一番私が良く分かっているというのにどんな事を言ったら良いのか、全く分からない。あの時私は何を言ってもらえたら楽になれたんだろう。楽に思えたんだろう。
(楽に…楽に……)
 悩んでも、どうしても出てこない。ああ、私は早く隣にいるディーノさんに、笑いながら何かを言わなきゃいけないのに。なんでだろう。何も思いつかない。何も出てこない。何も話せない。何も言えない。どうしてだろう。

「……ここには何もないみたいだよ」

 そう言ったヒバリさんに無言で頷くしか、なかった。


 あれから私のグループは無言が続いている。初めからヒバリさん・ビアンキさんと、饒舌とは言えない人たちが集まっているために、そうなっているのは当たり前なのかもしれないけれど、空気が重い。いくらなんでもこの空気は、何もしてなくても嫌になると思い、何かを話そうと考えるのだけどどうしても考え付かない。
 馬鹿は考えるだけ無駄だと、どこかで聞いたけれど、確かにそうだ。何も考えなければ良かったのかもしれない。現に無駄で嫌な考えばっか浮かんだ。マイナスな事ばかりしか浮かばない。

 二階を見終わって、一階に下がる。

 まず目に入ったのは廊下に広がる無数の髪の毛。ビアンキさんもヒバリさんも、それを無言で踏みつけながら歩いたのだけど私とディーノさんは思わず立ち止まった。まさかこれを堂々と踏みつけろというのか。
 だけどどうしても、ディーノさんとは変な雰囲気になっているために二人っきりになるのは嫌、というか、抵抗があった。という事で、私は髪の毛の上を歩き出す。靴から足へ、ザラザラした感覚がした。
 後ろからは静かに聞こえてくるディーノさんの足音。近くにいるはずなのに、なぜか遠くを歩かれている気が、した。


 まず職員室に入った。
 ここだったら、もしかして何かあるのかもしれない。と思ったからだ。もちろんそんな根拠、ただの第六感。どちらかと言えば『女の勘』という奴だろうか。そんな適当な、と決めてから思ったけれど、誰かがズバッと決めないと、ここの班はまとまってくれない。(もちろん私もだけど)
 とにかく近くの机から探そうと、机を開けた。
「……何もないわね…」
 ポツリと、他のところを調べていたビアンキさんの言うとおり、机の中にはなにもなかった。考えてみれば調理室や、他の教室にあれだけ色んなものが合った方が違和感を感じるべきところなのだろうか。だけどそこにあったものを食べたけど、とくに今まで何もないし、大丈夫だろうと思う。思っとこう。

 とりあえず、全部の机の中を見てみなきゃ、と散々漁るけれど何も出てこない。たまに出てくるのは、廊下にあったような髪の毛だけだった。しかもその髪が、挟まって出ているときもあるので本当にドキドキものだ。最初の方は過剰反応をしてしまったけれど、もう、嫌な感じだけど、慣れた。
 しゃがんだり立ち上がったりの連続で、地味に腰が痛くなりながら何個目かのを開ける。先ほどと同じ調子であまり中身を見ずにそのまま閉めようとしたのだけれど、そこには引き出しの色ではない色があった。
「…日誌……?」
 その日誌は、今私達が使っているやつとはちょっと違かった。それに、やけに紙の表紙はボロボロだというのに、中身の紙だけ異様に新しい。まだ開いてはいないけれど、破れているところなんて全く無かった。そして表紙には『3−D』と書かれていた。だけど可笑しい。3年D組なんてないはずだ。この並中は別に私立校という訳でもなくて、ただその地区の人たちがくる所だ。それにより毎年毎年生徒数が変わるけれどD組というのは聞いた事が無い。最高でC組まで。少なくとも私の代はずっと3クラスだった。
(もしかしてただのイタズラだろうか)私はその日誌を、1ページ開く。

「……」
 もう1ページ、と開いていく。でもただ普通に、授業の内容やクラスの状況が書かれているだけで、とくに変わった様子はない。強いて言うならば、雰囲気が違かった。文字の感じだって、今でいうクセ字ではない。たしかに癖のある字ではあるけれど、これは丸すぎだ。面倒じゃないかというくらい丸い。
 ペラリ、ともう1ページをめくった。のだけど、そこには何も無かった。おかしいなあと思いながら、前のページをめくる。そこの日付を見ると、3月の上旬で、恐らく卒業直前で使い切れなかった日誌なのだろうと、一人納得した。

 とりあえずこれは報告するべきかな、と顔を上げた。
「何これ…開かないんだけど…」
 言おうと口を開いたのだが、ヒバリさんが一つのドアノブを無理矢理開けようとしているのを見て、割って入るわけにもいかないなと口を閉じた。
 ヒバリさんが立っているのは、校長室に繋がるドアの前だった。だけどどう動かしても開かないようで、ガチャガチャと金属の音がやかましいほど鳴った。
「おいおい恭弥、あまり手荒なことは…」
 それに見かねたディーノさんがそこまで近づこうとしたのだけど、その前にヒバリさんはトンファーを取り出した。イライラが頂点に来たのだろう。と、そんな悠長に考えている暇は私に無い。私もディーノさんと同じようにヒバリさんに近づいた。
「ヒバリさん!そんな壊してなんかなったらどうするんですか!」
「そうだ、の言う通りだ。開かないものを壊すのは危険だと思うぜ」
「………」

 無言になって、私達に目を向けた。先ほどよりは落ち着いたようなので、安心してほっとしていると、いきなりバキッという音が響く。
「ヒ、ヒバリさ…」
 止めたというのに、今では思いっきりトンファーで扉を殴っている。だけど、いくら殴ってもドアは壊れもしない。ただ痛々しいような音を上げているだけだ。それでも何も起こらないというのは、まだ幸せなところだろうか。ふ、とドアを見てみるとどこか影が濃くなっている気がした。
 黒い、影が。
「ッ!……危ない!!」
 背を向けていたヒバリさんの服を引いて、思い切りこちらに引っ張る。(いくらなんでもトンファーを振り回している腕は掴めない。)その拍子に二人揃って、というか私は盛大に転んだ。転んだせいで、後ろにあった観葉植物の鉢に背をぶつける。頭でないだけまだマシか、と背中を少しばかり浮かしながら思った。
 だけど私の上にヒバリさんが乗っているのでさらに痛みは増す。
「……大丈夫か?」
 そう言いながらディーノさんはヒバリさんを起こした。
「でも何で…?」ディーノさんはまだ気付いていないのだろうか、私は恐る恐るドアを指した。ハタから見れば普通、だけど隅を見れば異常だと分かる。完璧には閉まっていない、数ミリ開いたドアからは黒い影が見えていた。私も最初はそれをただの影だと思っていたのだが、それは動いた。
「髪の毛……」
 いつの間にか近くにいたビアンキさんが呟いた。

 そこには髪の毛がうねうねと、生き物のように這い出てこようとしていたのだ。だけど、しばらくするとそれは収まっていく。もしかしたら、先ほどみたいに衝撃を与えるとそうなるのかもしれない。
 立ち上がろうと、床に手を置いたら一本の髪の毛に触れた。それが、物凄く嫌な感じがしたから、すぐに振り払って立ち上がったのだけれど、立ち上がってもまだ手に張り付いている。また付いたのか、と逆の手でそれを取ろうとしたのだけど、それは蛇のようにするりと腕を伝った。

「…あ……れ……?」やっと出たカサカサの声。いつの間にか、私の体中には髪の毛がへばり付いていた。「うわああああ!!」
 焦りながらそれを払うけれど、張り付いているのはどうにする事も出来ない。顔にまで来そうな髪の毛を、腕で顔を覆い来ないようにしていると、誰かが私の名前を読んだ。

!!!」

 あの声は誰だったのだろう。
 ただ、ディーノさんでもビアンキさんでもないような気がする。

 そして、視界は真っ暗になり、耳から聞こえるのはガサガサと、ノイズ音に似た髪の音が聞こえた。完全に、一人きりになった気分だった。

(ゲンザイ4メイ ユクエフメイシャ13メイ)