「もうなんなんだよ恭弥…。さっきまでががーっつってたのに…」 「は?!な、なんだよそれ!なんで僕がの事なんかを…!」 「あ!なあ。さっき恭弥がお前の名前呼んだの覚えているか?」 「……え?」 「一回だけ苗字じゃなくて、名前で呼んだんだよこいつ」 「……呼んでないよ」 「う、うーん…?」 そんな事あったっけ、と思考を廻らせるけど普通に無かった気がする。と言うか、ヒバリさんが私の名前を覚えているのかさえ怪しいのに。(苗字はまあ置いといて。)それにしてもこんな年相応なヒバリさんは初めてかもしれない。もしかして年上のディーノさんがいるから、こんな子供みたいに見えるのだろうか。それに、今まで自然で気付かなかったけれど、ディーノさんはただ一人ヒバリさんの名前を呼んでいた。学校でさえヒバリさんの名前を聞く機会がなかったのに、今日は何度も聞いた。 「恭弥がいつもこうだったらいいのにな!」 「………うるさい…」 それじゃあ一旦戻るか、と言う雰囲気になった所で、私は先ほど見つけた日誌を思い出した。それを思い出したとき、言うべきか言わないべきか迷ったけれど、なぜ言わないという選択肢が出たのだろうと言うのが思い浮かんだ。 きょろきょろと見回し、近くの床に落ちていた日誌を取り上げて、たまたま近くに居たビアンキさんに声をかけた。 「あの、ビアンキさん…これあったんですけど…」 「……日誌?」 そう言うとビアンキさんは私の手から日誌を受け取った。少し古そうに見えるだけで、普通の本と変わらない日誌をめくる。変わっている所はないかと、横で私も覗き込むけれど、変わっている所は無いみたいだ。最近は滅多に見ないくせ字が並んでいるだけだ。 もちろん日誌は途中の、丁度真ん中よりはちょっと前で終わっているのだが、ビアンキさんはその後も食い入るように見る。 「…、これはどこにあったの?」 「あそこの引き出しに…」 「……そう」 日誌が教師の机にあるのはおかしい事ではない。卒業後の日誌とか、使わなくなった日誌はもう使わないだろうから、捨てたりするのかもしれないけれど、もしかしたらその教師にとって何かあるのだったらから、残しているかもしれない。 そしてビアンキさんの指は、最後のページを開いた所で止まる。 「ここ…」 「……どうかしましたか?」 「破れているわ」 確かに、最後1ページほど破れている。だけどよくよく見ると、破れているページはそれだけではなく、所々破れていた。 「この日誌…何かあるのかしら…」 そう言いながらビアンキさんは職員室のドアを開ける。それを見てディーノさん、ヒバリさんも後に続いてそこを出た。 3人が出た所で、私は一回職員室を見渡した。しんとしていて、明るいだけの室内。外は暗いだけだったら、ただの学校なのに、何が起こっているのだろう。突然、このまま出られなくなったらどうしよう、という考えが思い浮かんだ。『こういうものには絶対出口があるんだよ。出口がないってのは探せられなかったやつの言葉だよ』と、いつだったか山本が言った。だけどアレは今考えてみると、その場の為ではなくて、自分の為、山本自身の為に言ったのではないのだろうか。認めたくないほど非現実的なものを見て、自分を落ち着かせるための言葉だったのではないだろうか。 (…いや、何考えてんだろう…) ここで、ピシャンと音がした。 職員室のドアが閉まったのだ。いや、ドアが閉まるのは勿論当たり前な事だけど、なんで私が出ていないのに閉めるのだろう。 「なっ……え?!」 ぽかんとしていた私は、事の重要さに気付いていなかった。閉められたのだ。閉じ込められたのだ。これは明らかに、ディーノさん達のような人がやった訳じゃない。音楽室の時にもあったと言うのにまた! 直ぐに出なかった自分を怨むほど嫌悪を感じながらドアを叩く。私にそれ以外に、出来ることはないのだ。ディーノさんほど、ヒバリさんほど、ビアンキさんほど私は強くない。ただちょっと剣道をやっていただけの女子中学生。ひどく自分が足手まといな気がして嫌気が差した。 「いや、ありえないでしょ…」 やばいテンパってる。思わず心の中に留めて置こうかと思っていた言葉が今口から出てしまった。一人で焦りながらブツブツ言うなんて不審者だ。 とりあえず私は、閉まってしまったドアを何度か叩いた。何とかして、こう、ミラクルが起こって開いてくれないかな、という結構現実逃避的な願いだ。大きな音を立てて叩いてはみて、少し休んで、もう一回叩いてみる。謎のローテーションは「さすがにずっと叩くのは怖くね?」という何とも言えない気持ちからだ。 だけど、まあ勿論何も起らないんだけどね。 「……………」 私は溜息をついた。恐らく、焦ってテンパってるものの、まだ冷静さを失っていないというのはようやくここの環境に慣れたという事か。勿論、手は震えているけれど、大丈夫。うん、一人でも全然大丈夫じゃないか。大丈夫、落ち着いていられる。 こうなってしまったからには、むしろ何かが起らなきゃ、私が何かしなきゃ開かないだろう。ゲームでもそうだ。キーワードになるものを探さなきゃいけない。 もう散々探した職員室だけど、探そう。それしかない。 一人気合を入れて、私は歩き回る。もう一回ずつ見て周ろうかと思ったけれど、気になるところがあった。校長室へ繋がるドアだ。 今行くのはどう考えても自殺行為としか思えない暴挙かもしれないけれど、こう開き直ってしまったからには何でも行ける気がした。というか、この気持ちは『勇気』というか、『自棄』になってる。今なら何でもできる。例えばヒバリさんに喧嘩売るとか。……いや、やっぱヤだな…。ちょっとした知り合いになってしまったからこそ無理だ。ヒバリさんからすれば私なんて通行人Aくらいの存在だろうけれど。 ドキドキしながら、私はドアノブを握る。そしてハッとして下を確認する。何も、ない。本当に何もないのか?とホレホレとゆする様にドアのぶを回す仕草を何度も何度も、バカみたいに何度もしてみたけれど、意味なし。反応なし。ここまで無反応だと拍子抜けだ。 息をついて、よし入ろうかなと何気なく後ろを見た。 そこには居たのだ。私を見て笑っていた。 ほんの、2メートル先。 「ッッ!!!!」 私は声に鳴らない声を上げ、ガタガタと震える手つきでドアのぶを回した。近づいて来る。お願いだから開けという気持ちを込めた。そしてするりと糸も簡単に開いてしまうものだから、私は倒れこむように校長室に入った。そのままぶっ倒れそうになったけれど、何とかドアを押して、閉めた。 |
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