これはマズいと直感的に、というか普通に思った。よく足元を見れば、ここまであのように消えてしまうのではと言うようにうっすらとしている。
 今まで不可思議な事は山ほどあったけれど、体験していたけれど、この(変な言い方をすれば)新しいパターンにどうすればいいか分からない。
 隣にいる髑髏と一緒に呆けていると、急に腕を掴まれて引っ張られてと言うことで私は階段を駆け上がる。その腕は柿本だ。確かに私の後ろにいたから、前退かないのは邪魔だろう。(それじゃあ)城島の方を見たけれど、淡い期待を裏切り彼は髑髏を放っておいて一人階段を駆けていた。私はギリギリまで片手を伸ばし、未だに呆然としている彼女の腕を掴む。
 細い、腕だった。

(…私の場合柿本の指が二の腕に食い込んでいるような)


「あ゙ー!…疲れたー…」
 とにかく階段から離れるだけだったのだが、柿本も城島も足が速かった。腕を引かれているから、私も髑髏も置いてかれる心配は無かったのだけど、それでも足がもつれそうだった。
 そしてようやく止まったと、ため息をもらす。
だっせー、こんなのでもうへばってんの?」
「うるさっ…!あんた等の体力が可笑しいだけだし…!」
 とは言うものの、振り返って髑髏を見ると、髑髏は髑髏で全然余裕ですと言った表情。これでも現役運動部なのにどうしてだろう。
(そうだ、剣道に足の速さは関係ないもんね…うん…ないない。)
 そんなどうでもいい事を考えながら、異変が起きていないかと辺りを見回す。だけど、急に何かが崩れてくる訳でもないし、ただの地面と教室が並んでいるだけの、ガランとした廊下。ああ、こんなくだらない事を、いつから嬉しいと感じるようになったんだろう。
 とりあえず安心の意味でため息をついた。

 静か過ぎる廊下。それはいつも通り、だから、問題なし。
 先ほどの階段の事もあってか、私達4人は慎重に先を進む。話すことさえも許されないような、そんな雰囲気だ。いつもは喋り好き(だと思う。)の城島でさえだんまり。だけど元々、柿本も髑髏も、どちらかと言えば喋らない方だから、あんな事があろうがなかろうが、会話の量は同じだったかもしれない。が、ただ、空気は重い。
 次第にもう大丈夫だと、城島は安心してきたのか、ポケットに手を突っ込み、輪を外れてダルそうに先頭を歩く。その様子に、なんだか私にも安心感が沸いてきた。
「つかさーー、探すってもどーすりゃいいんだよ」
「……まあ、…ねえ…」
「もしかして神隠しって奴?」
「アハハ…」
 笑えねえ。
 先ほどとは打って変わって、ベラベラと饒舌になり出した城島。だけど、どうとも言えない。私としても、こんな嫌な雰囲気の中歩きたくないのだが、この質問にどう答えと言うのだろう。適当な事は、言えない。
 私の乾いた笑いが分かったのか、城島は気まずそうに顔を逸らし黙った。

「……誰か居る」
 急に、ボソリと柿本がそう言いながら身構えた。
 私も、柿本の視線の先にピントを合わせるけれど、暗いだけで何も見えない。ただ、上靴特有の足音がしているだけ。暫く目を細めていると、人影が見えた。身長は恐らく私よりは高い。人型だ。
 だけど私達の中で上靴を履いている人なんていなかった。と、警戒心を強めていると、その人は学ランを着ている事に気付く。(並盛の、旧制服?)私は眉を潜めた。振り返ると、髑髏がとても心配したような八の字眉毛をしている。その学ランの人をちらりとまた確認してみるけれど、何もアクションを起こすようには見えない。4人とも固まってしまったから、とりあえず私は率先して足を進めた。そして小声で言う。
「こ、ここ早く抜けたほうがいいよ、多分…」
!!」
 柿本の焦った顔なんて、始めてみた。階段の時の様に、ぐいと腕を引かれる。ただ、階段の時とは段違いの力だ。痛いよバカ!と思わず喚きたくなる中、私は学ランの人を見た。

…?切り

ルのカ?!


 長い前髪をそのまま前に垂らし、後ろ髪もまばらに伸びていた。
 私は大声で名前を呼ばれた事により、ビクりと体を揺らした。他の3人も驚いたように私を見るけれど、私は必死で首を振る。知らない。あんなの知らない!
 その『人』は、壊れた人形のように腕を振るい、何かを捕まえようとする。きっと、私なのだ。寒気と鳥肌が一気に来る。何も考えられなくなる頭をどうにか起動させて、私は後ろに下がった。柿本に掴まれた腕は、まだ痛かった。



ハどダ!!


 すぐ傍で自分の名前を呼ばれている。しかもその声は酷く嗄れており、浮き彫りになる『恐怖』が脳に浮かび上がる。私じゃない!!私は裏切ってない!ていうか、裏切りってなんだよ!!
 そして急に『彼』はむせ始める。何事かと、後ろに下がりながら覗いていると、その手には真っ赤な血がこびり付いていた。だけどそんな事を気にもしないという表情をしながら、顔を上げる。
お前…か…?
 なんだか、その声は先ほどより優しく感じた。自然と表情も柔らかい。
 だけどすぐにその顔から、『元』のように戻ると、ギ、とこちらを睨みつけた。まずい、と思ったときには既に遅い。『彼』はこちらに来ていた。
!!」
 髑髏の高い声が廊下に響く。瞑っていた目をゆっくりと開けると、そこには火柱があった。「な…何これ!?」
 流石にコレには驚いて、頬をつねるという典型的な事をして現実かどうか確かめる。だけどやはりつねれば痛くて、それに熱い。恐怖も忘れて、目を瞬かせていると、また髑髏の声が響いた。
「犬、千種はをお願い!!」
「はあ?お前に何が出来…」
「早く!!」
 彼女らしくない、大声。それに負けたのか、城島と柿本は私を近くの教室に押し込んだ。暗い教室だったけれど、それは廊下と変わらない。
 窓から見える明るい炎が消えると、『彼』のような声は静かに君の名を呼んだ。その声にまたも寒気を感じながら、じっとする。
 きっと『彼』は私がいたから暴れだしたのだろう。そう考えながら、目を閉じる。きっとこうしていれば、何事もなかったかのように出来る。大丈夫。なんだか自己暗示になっているが、とりあえず今はこうしているしかない。
 そろそろ大丈夫か、と目を開けると、廊下に居た城島の驚いたような声が響く。「な、なんでアイツこっちにくんだよ!は…」
「犬!!」
 『彼』の禁句である、「」を口にしたせいか、ますます上靴の足音は早まる。焦ったように城島達がこの教室に飛び込むように入ってきた。

 そして、ピシャンとドアは閉まった。

「ど、髑髏!?」
 私は、一人髑髏が立っているだろう廊下に出ようとドアに手をかける。が、どうにも開きはしない。こんな時にも髑髏を!という意味を込めて城島達を睨むが、彼らも彼らで窓なりなんなりを使って、廊下への通路を作ろうとしていた。
 その行動にどういう意味だと混乱していると、そういえばあいつらは急いでここに駆け込んできたのだ、という事を思い出した。急いで開ける事は出来るが、振り返りでもしない限り、ドアは閉まらない。城島達は、駆け込んできただけだった。
 「誰がこんな事を」と考えている余裕もなく、私はドアを叩く。
「髑髏!!ねえ、髑髏大丈夫?!」
「…うん、…大丈夫だよ」
「そこは危ないよ!だから…髑髏もどっかへ…」
 何を言ったらいいのか、上手くまとまらない。だけど、とにかくそこから移動してと伝えていると、隣の方から大声が上がる。
の言うとおりだっつの!テメー一人でなんとか出来るわけねーびょん!!」
「……早くしてよ」
「城島……柿本……」
 どこのツンデレだと思いながらも、なんだか嬉しくなる。
 だけど、髑髏から帰ってきた言葉は予想を反した。
「千種…犬…、を守って」
「は?!いいからお前は…」
「ここは私が…!」
 確かに、「」として、私が狙われているならそう考えるのが妥当だ。だけど、だけど、確かに「」という姓は持っているけれど、『彼』が言う「」は私じゃない。はずだ。だって、『彼』は私を見ていない。あの狂気的な目も、優しげな目も私を見ていなかった。それらは全て全て、私の近く───柿本に向かっていた!何で急にこんな考えが浮かんだかは謎だけど、こんな暗い中だったら『彼』の着ている旧制服と、黒曜中の制服を見間違える事はありえない事ではないだろう。『彼』は上から下までキチっとボタンを閉めた着方。見るだけで生真面目さが出てくるあの着方。つまり、その着方は、その見かけは、柿本も同じだった。
 どうしてすぐに気付かなかったんだろう!と自分に悪態をつきながら、私はドアを強く叩いて、髑髏に十二分に聞こえるように叫ぶ。外は今どんな風景なのだろう、お願いだから傷なんてないでいて。
 お願いだから、きえないで。
「髑髏違う!狙われてるのは私じゃなくて─…」
「…あのね、
 私の言葉を澄んだ声が遮る。
 ドアの向こうの髑髏は、なんだか笑っているような気がした。廊下に、髑髏が『いる』ことに安心して、私も思わず笑んでしまう。

「ありがとう」

 カシャンと金属音が、した。

(ゲンザイ4メイ ユクエフメイシャ13メイ)