これは小さい頃の話し。
 助けて、と必死で手を伸ばした。だけどそれは声にならない声だったから、私の中だけに反響して誰にも届かず沈んでいく。必死で手でもがいても、水は泡立つだけで、いっその事凍ってしまえばいいと、思った。
 これは海で溺れた時の話し。


「ところでさ、」
 同じ所を行ったり来たりしながら、ツナは今気付いたかのように言った。
「それ、髑髏のだよね?なんでが…」
「あ……」
 そう言えば、ずっと私はコレ、髑髏の三叉槍を持っていたのだ。気付かないほどに馴染んでいたのか。だけど意識をすると中々それは私に取っては異物で、いつも持っている竹刀とは違い、持っている場所と違う所はひんやりと冷たい。
 私は返事に悩んでいると、ツナは困ったような顔をする。
「そっか…髑髏は…」
「…うん」
「……他は?」
「いるよ。…多分」
 そうだ。城島達とは面と向かって会わない限り、コンタクトがとれないのだ。なんせこんなバタバタしている時にケータイの番号なんて聞く、なんて思い出せなかったし、内部ではケータイが繋がることを話しただろうか。そこの記憶だけ、ぽっかりと都合良く抜けている。
 城島は、なぜそんな事を教えなかったのかと、責めるのだろうか。また、責めることが『できる』のだろうか。
(もし、城島達がいなくなったら、…私のせいだ)
 ああ、また出てしまった。『私のせい』。私はどの位後悔してるのだろう。後悔なんて後ろしか考えないと言うのに。反省は、先に進むと言うのに。


 ツナは立ち止まる。「は、悪くないよ」
「悪いとか、悪くないって問題じゃ…・」
「だったらそんな風にうだうだするなよ」
 ツナはいつだって他力本願のダメツナ『だった』。そんなツナは中学入ってから随分と変わっていった。学校を途中で帰らなくなった。逃げ出さなくなった。
 だけどツナは、やっぱり沢田綱吉のままでそこだけは変わっていない。山本みたいにスポーツ万能な訳じゃないし、獄寺みたいに不良になった訳じゃない。多分、視点が変わったのだ。下から見るのではないのだと、誰かがいつの間にかツナに教えていたのだ。
 私ではない、誰かが。
「だから…」
「ツナは…、ツナはいいよね」
「………?」
「変われたんだもん、もう誰もダメツナなんて呼ばない」
 皆が皆、ツナって呼ぶ。小学生の時は、正直私だけだったと思う。呼んだ子だって、いたかもしれないけれど、一度は絶対ダメツナって呼んでいた。それをツナは気にしていたから、私だけはずっと『ツナ』って呼んで、絶対駄目だなんて言わなかった。何度も言われて、涙目になった時だって、私は見っとも無く泣くツナを『ダメツナ』なんて言わずにずっとあやした。昔っからずっとそうだったから、私はそれを変に意識しなかったし、自然とそれは義務にも、感じていた。ツナは、ずっと私の後ろにいた。
、」
「、…ごめん、なんでもない」
 それなのに、なんで私はさっきからツナの背中ばかり見ているの。

 シンとした、嫌な空気になってしまったので、私はツナに話題を振る事にした。…んだけど、こう24時間ずっといるので結構話題は尽きた。外に出ればいっぱい話題は出来るけど、まさかここの話題をするというの?
「…ところでさ、ムクロって誰か分かる?」
「……誰から聞いた?」
「城島…と、…髑髏」
「…そっか」
 ツナは短くそういうと、何か考えるように天井を見上げた。何かあるのかと思い、私もつられて上を見るけれど、とくに何もなく、ただ強いて言えば絶対に光らないであろう蛍光灯があるだけだ。「骸は…」
「…黒曜中のやつだよ」
「へえー、なんで会えないの?」
「……え?」
「…え?会えないんじゃないの?」
 城島から、髑髏から聞いた話では、どこか『骸』に会ったのは過去形のようで、今も会っているといるようには聞こえなかった、気がした。だけど、どうにもあの3人が一度に、その、『骸さん』と一緒に居るというのはなんだか想像できなかった。少なくとも、城島と、髑髏と、『骸さん』とで会った事はないのだろう。正直、柿本はどうにも分からない。
「…骸とは会えるよ」
「あ、ああ、なんだ…。そうなんだ」
「うん、…会える、みたい」
 ツナはちょっと、ぼぅとした顔をした。何か『骸』で嫌な事でもあったのだろうか。とは言え、中学入ってからツナは少し分からない人になってしまったから、何があったのか、分からないし、聞けもしない。私なんかが、聞いていいのかと考えてしまう。
 2年前のツナとは、全然違う。沢田綱吉は一生沢田綱吉だけれど、もうツナじゃない。(私が軽々しく呼べる『ツナ』じゃない。)

 するとふわり、と生暖かい空気が肌を触れた。「…ねえ、」
、ゆっくりとこっちに来て」
「……ツナ?」
「お願い」
 ツナは頼み込むように、(あの『いつも』の)泣きそうな目をして私に言う。そしてまたふわりを人肌のように生暖かい空気が肌を押さえるように触れる。そしてその空気は、まるで人間ののように、頬をつたった。透明だった空気が半透明に、そして、ゆっくりとゆっくりと頬を上がり、私の眼に、触れた。

!」

 ぐ、と眼球を押された気がしたために、思わずうずくまるけれど、まるで『それ』は私の背中に乗っているようで痛みは引かない。ずしりとするその重みは、どうして今まで気付かなかったのだろうと思うほどだった。視覚が奪われてしまったので、適当に手に持っている三叉槍を振り回すことしか抵抗が出来ない。
!!!」
 眼は瞼を見るだけで他には何も見えないはずなのに、目の前が赤い。それにびっくりして、身動きを止めてしまう。それにどこか暖かく、どこかからくる熱と赤さに私は頭がくらくらした。
 きっと、ツナが何かをしてくれたのだと思う。あの私の後ろにずっといたツナが私の前に立って何かをしたのだと、思う。

 そしていつの間にか背中の重みが消えていると、私は(恐らく)ツナに手を掴まれながら走っていた。手を掴まれるのは、柿本の時もあったけれど、ツナの手はやっぱり大きいと言えなくて、そりゃあ私よりは大きいけれどでも小さくて、細くて、暖かかった。
 足取りが不安定になるから、早く眼を開けたかったけれど、眼がジンジンするためにまだ開けそうに無い。
「眼、平気?」
「…う、うん……」

「でも大丈夫、はオレが守るから」
 眼を開けたくなかったのは、意識的にだったのか。
(いっそこの暖かさ全て凍ってしまえと、本気で、思った。)

(ゲンザイ2メイ ユクエフメイシャ15メイ)