「犬、ねえ…、犬」 柿本の呼びかけに、ようやく城島は立ち止まった。薄暗い廊下だから、顔色はよく見えないけれど雰囲気は良いとは言えない。 立ち止まった城島はそのまま、何もないただの階段に座り込んだ。初めはそのまま脚を伸ばして無言でだらんとしていたのだが、次第に足を折りたたみ、体育座りをしてそこに顔を埋める。 そして、小さく呟いた。 「……やべえ」 「…うん」 城島が何に対して「ヤバい」と言ってるかは、説明せずとも柿本は知っていた。と言うよりも、同じ気持ちだった。 「骸さんになんて……」 クローム髑髏が消えた、なんて飄々とした顔で言えるはずがない。 六道骸がどんな気持ちをクローム髑髏に抱いているかなんて知らないし、分からなくてもいい事だが、彼女は彼の媒介だ。身動き出来ない骸のための存在だったのだ。その存在に守られた挙げ句に、彼女は消滅。 そんな笑えないジョークなど、止めてほしかった。 「……」 柿本も、城島も髑髏に好意を抱いて居たわけではないが、言うならば嫌いでもなかった。強いて言うなら、どうでも良かった。転んだって置いていったって、彼女はなんだかんだで付いてくる。好きになる理由も嫌いになる理由もなかった。もし何かに分類するならば、『苦手』の枠組みに入っていた。今まで話したことのない性格の人間。ついこの間まで血の匂いも知らない人間。ただの少女・クローム髑髏にどう接すればいいか、なんて知らなかった、分からなかった。仕事仲間で、同じ歳ぐらいの女子と同じ接し方とは、何か違う感じがした。それに、髑髏自身も内気な性格からか、自分から必要以上に話しかける事も無かった。 そんな性格、尚更城島も柿本も出会った事がないために、分からない。 「……、」 ボソリ、と城島が言った。 「アイツ…どうしってかな…」 「………さあ」 自分で突き放しておいて、と柿本は思ったが、よくよく考えれば彼女の方にも少なからず問題はあったな、と小さく溜息をついた。こっちにだって事情があったというのに、彼女はズケズケと入り込もうとしていた。いや、何かを『正義』と仮定するとしたらが正しいだろう。だけど。 最後に話したのは、柿本の方であったが、彼女がそのままどこに行ったのかは分からない。もしかしたら、まだ調べているのかもしてない、調理室に戻ったのかもしれない。 正直に言うなら、がそこまで責任感の強い人間には見えなかった。それでも、彼女はまだこちらの校舎内のどこかにいる気が、した。 二人はそのまま無言で、コンピューター室に入った。廊下の電気は点かないけれど、室内の電気は点くというのは、なんだか不思議だったけれど、もう慣れていた。とは、言っても、ほぼ初めて入る校舎の内部をあまり分かっていないため、室内の明かりを探す事が第一の目標になった。 「くそ…電気どこだっつの…・」 「………?」 辺りを見渡していた柿本が、机の上にキラリと光るものを見つけた。それを不審そうに持ち上げてみたが、それはただのシルバーアクセサリーだった。あまりにも場違いなものに、また置き直すこともせずに、じっと見ていると城島がこちらに気付く。 「んあ?…柿ピーってそんなネックレスしてたっけ」 「………オレのじゃないよ」 「ふーん?」 そう言って、城島は持ち上げる。眼の近くギリギリまで持ち上げるように見つめていると、ふいに機嫌の悪そうな顔になった。 「…うわ、なんか爆弾ヤロー思い出した」 「獄寺、隼人?」 「多分…、それ」 『それ』呼ばわりしているのは置いといて、柿本はまたそれを見つめる。確かに、こんなドクロのついたアクセサリーは彼を連想させた。それに対して何か言おうとしたけれど、今の彼らに取ってドクロというと、『髑髏』まで連想させてしまう。 城島もそれに気付いたのか、急にバツの悪そうに乱暴をソレを置いた。 「あ、やっと夜目きいてきたびょん。……スイッチ発見〜!」 カチ、と明かりが点いていきなりの明かりに目が眩む中、なぜか柿本はネックレスをポケットに突っ込んだ。その行動の意味は、自分でも分からなかった。 「獄寺君が……?」 私とツナはそのまま、調理室に戻っていた。最初はちゃんと、校舎を調べてからと思ったのだけど、ツナと私で何が出来る。そりゃあ、ツナだったらなんとか出来るかもしれないけれど、二人だ。二人でどうすればいい。 それで、ちょっと歩いた所で戻ってきたの、だったけれど。 「ちょっと待って、本気で獄寺…いなくなったの…?」 「ちゃん…あのね、ツナさんがいなくなったから…」 「う、うんうん!獄ちゃん追いかけちゃって…」 ハルと内藤が言いにくそうに言い始める。確かに、獄寺はツナの所の班で、他にハル・内藤・リボーンの4人だった。 なんだか頭が痛くなった。どうして、一番何があっても最後まで残っていそうなキャラの獄寺が、何故。(いや、だけど、)獄寺が本当に居なくなったと断言できる訳じゃない。居るかもしれないし、居ないかもしれない。 「リボーン!なんでお前がいたのに…!!」 「……」 ツナはそう、怒ってリボーンに叫ぶけれどリボーンは何一つ言わない。ただ、顔の角度が低いために、いつも見える大きな目は見えなくて、影しか私の目に映らなかった。 「リボーンがちゃんと言ってれば…」 そのツナの姿は、なんだか八つ当たりに見えた。まるで、城島に八つ当たりしてる私。客観的に見るとこうなんだな、って何だか悲しくなった。 それは多分、『獄寺はツナを追って消えた』と言うのを聞いてたからだと、思う。自分のせいなんだ、これは。ツナがどうして一人だったかは知らないけれど、どんな理由があるにせよ、これはツナ自身に責任がある。それをツナはリボーンのせいにしているのだ。 恐らく、それを分かっていながら。 「ねえ、リボーン!!」 「……ダメツナが、」 もう一度名を呼ばれたリボーンは、そう、吐き捨てるように言った。ツナが、一番嫌いな言葉を。未だ顔をあげようとしないリボーンの顔色なんて見えないけれど、なんとなく、恐かった。それも皆分かっているのか、ハルは真っ青な顔になっている。 「…………分かってるよ」 「ツナ…」 「……分かってる…オレが…悪いんでしょ…」 いつだって、何かあった時に一番許せないのは自分だ。自分が、何もしてなくても、いや、何もしなかったから、一番許せないんだ。リボーンは、それを一言で分からせた。それはとても凄い事だと思うし、こうしてツナは変わっていったのだと思うと、なんだか切なくも、なった。 調理室には、ツナの班、と私しかまだいない。ツナ以外のメンバーはきっと、ツナの身を案じてまず調理室に向かったのだろう。リボーンはきっと、闇雲に探し回るなんて考えないだろうから。それと、きっとツナの思考もプラスした結果だ。 静かで重い空気に耐え切れなくて、わざと空気を読まない事にする。 「そういえばさ、なんでツナはぐれたの?」 「…なんて、言うか…、」 ツナは言いずらそうに、目を泳がしているとリボーンがひょいと私の肩に乗って言った。「いきなり飛び出てきたのビビってすっ転んだんだぞ」 「………マジで」 「……………うん」 つまりは、皆逃げているのに、一人転んだせいで置いていかれたという事なのだろうか。それはなかなか、笑い飛ばせるツナらしいと言えばツナらしい、けれど、この状況の中でツナらしさを出されてもそれは結構困る話だ。今では笑えない。 「それで、ツナ、大丈夫だったんだよね?」 「うん。皆に先行ってもらったんだけど、いなくてさ」 「……その時、獄寺さんいなくなったんです」 ハルがそう言った。(……・その時?) 「…待って、なんでその時獄寺どっか行ったの?」 「…?」 「なんか…おかしくない?」 自分に言い聞かせるように繰り返すと、やっぱりどこか可笑しい。 だって、普通獄寺なら、例えツナでさえ自分を置いて逃げろと言われて、逃げたのならそのままどこかに行くはずだ。なのに、なんで引き返したんだろう。可笑しい、多分、可笑しい。獄寺が引き返すような出来事でもあったなら、まだ納得できるけれど。 「獄寺は、ツナを見た、っつったんだ」 「……え?オレ?」 「うん、獄ちゃんがいきなり」 「後姿だったらしいんですけど。でも私達、誰も見てなくて…」 そのハルの言葉は、またもこの前起こった事を思い出させた。あの時、私がハルを追っかけた時と同じだ。あの時私は、アレは絶対ハルだ、なんて言うドコカからかは分からない核心の下追いかけて行ったんだ。 無駄に考えすぎたせいで、頭が痛い。私はため息をつきながら手をテーブルの上に乗せた。それと同時に、髑髏の三叉槍と、紙もテーブルに置く。三叉槍を見て、ツナ以外、驚いたような顔を見せるけれど、『分かって』しまったのか、何も言わず押し黙った。 「ちゃん、それ、なんですか?」 「…どっち?」 「その、紙」 ハルが指差すその紙は、先ほど拾った日誌の切れ端だ。それをハルに手渡すと、じっくりと見回すように紙を見つめた。そして、何か思い出したように言う。 「うーんと日誌ですか?」 「うん……なんだか、ちょっと気になって…」 「はひ?…これ、大切なものなんですか?」 「……多分」 職員室にあった破れた日誌の切れ端。意味深な言葉。そして、『』の文字。そう考えると、結構これは(ゲームで言うなら)重要なアイテムのようだった。ハルは、まだ見たことしか覚えていないのか、うんうんと唸るように考えている。 これがもし、重要なものだったら。帰るのに一番重要になるものだったら。そう考えるとなんだか嬉しくなった。もしかしたら帰れるんだ。こんな暗い所から抜け出せるんだ。 ハルがそう言いかけたところで、扉は大きく音を立てて開く。 「ビ、ビアンキさん…?」 そう、扉を開けたのはビアンキさんで、でも、その表情はいつもよりも全然違くて、どう違うと言うのならばいつもなら冷静なその顔が、今は焦りという表情だからだ。 そしてゆっくりと室内に入る。その後ろからはちゃんと、ディーノさんとヒバリさんも居て、なんだか安心した。とりあえずそういう、焦りではないという事。だけど、その後ろにいるディーノさんもヒバリさんもいつもとは違った顔つきをしている。 なんだか緊迫した空気がこちらにまで伝わった。 「…体育館には、どうやっていける?」 「体育館、ですか?…えーと、一回どこかから外に出ないと…」 「行けたんだ」 ヒバリさんが主語も無しに言った。だけど、それがどんなことが、私でもすぐに理解する事ができた。だけど、ソレはどう考えても矛盾が出来る。私は、何も台詞と呼べる言葉と言うものが出なく、ただの文字を吐き出すしかなかった。 「え………」 「…行けたんだ、一瞬だけ、体育館に」 「つまり、外によ」 ビアンキさんが、悔しそうに顔を歪ませた。 |
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