ゴホ、と彼は咽る。 その理由は、言うならば自分のせいであって、言うならばアイツラのせいで、言うならば、誰もせいではない。自業自得、と言う言葉があるがそういう訳でもなかった。強いて言うなら、これらは全て事故。誰かが思いもしない事がいきなり起こる、それは事故。自分達は、ただの事故でここに来たのだ。事故と言うのは、運命でも必然でもなんでもない。偶然だ。しかしその偶然さえも、ある人は運命と呼んだ。けれど、そう言い出したらキリがないのは当たり前。 だけど、そんな事、今の彼には関係ない。 先ほどまであった自分の武器も、もう使い切ってしまった彼は、これからどうするかという考えだけで頭の容量は山ほどだ。逃げろ、と昔言われた事があった。それは必死に、必死に勝利に辿り着きそうになった時、一番尊敬する人物に言われた言葉だった。命より大事なものはないと、そこまでしての勝利に何の意味があるのかと。ならば、今回も逃げてしまえばいいのか。と、そう考えてみるけれど、それは何だが違う。 もちろん、彼はもうロクに戦えない。それに、戦うというよりは、目くらましに似た行動だったかもしれない。それは倒し方なんて知らなかったからだ。だけど、もう立ち向かえない。だけど、彼は逃げない。(オレは向かわない。だけど、違う、逃げもしない) 逃げない、戦わない、その他に、何かがあるのだ。 (10代目、どうかご無事で…) 彼は、獄寺隼人は見えない人物に必死に祈るように目を閉じた。その閉じた目に見えるのは、尊敬する人物と、その隣にいつもいる人物。 (………) 例え一瞬でも、外に行けたというのなら、それだけでも行動範囲は広がって嬉しいことなのに、どうして彼女達の雰囲気は暗いのだろう。 「何か、あったのですか?」 沈黙の中、ハルが勇気を出して聞くと、ビアンキさんが目線を下に逸らす。その顔は、聞いて欲しくない、というよりは自分からは言いたくないようで、あまり顔色はよくない。 ディーノさんが一息つくと、覚悟したように口を開いた。 「あった、と言うか…」 「ディーノさん?」 それでも言いずらそうな顔をしているため、ちょっと聞き返してしまう。 「居たんだよ」 「……え?」 「なんて名前だったか知らないけど、元剣道部の主将」 「も…持田先輩が?」 恐る恐る聞くと、ヒバリさんは頷いた。 駄目だ、思考が追いつかない。なんで、持田先輩がそこに、と言うべきか、消えたのでは、と言うべきか。嬉しい反面どうしても出てくる不安とか、疑問とかが渦を作って、なかなか喜べない。それは皆も同じのようで、疑問染みた表情だ。 「俺は後…、笹川京子も見た」 「え…京子ちゃん…?」 「ああ、ツナ。……だけど」 そこで区切ると、ディーノさんはなんと言っていいか分からないのか、ちょっと考えるような素振りを見せた。ここまでこの3人が言いづらそうにしているのだから、多分、多分、全て喜べるような出来事ばかりではなかったのだろう。 とは言え、いなくなってしまって、生死さえ不明だった人たちが『いた』というのなら、少なからず、喜べるものなのだけれど。 「…アイツら、ぼーっとしてたんだよ」 「…?」 「渡り廊下渡って、で、体育館開いてたからそこから見たんだけどよ」 「…私達が幾ら話しかけても上の空」 「僕は夢遊病かと思ったけどね」 ヒバリさんが投げやりに言う。ここは本当なら、盛り上がれたかもしれないけれど、誰一人笑わないで考え込んでいる。ツナは、きっと京子のことを考えているのだろう。真っ青なんだか、よく分からない表情でずっと床を見つめていた。 「しかも、見えてたのは一瞬だけ。…いや一瞬と言うには長かったな。風が吹いたと思ったら消えたんだ。元から何もいなかったかのように」 そこで私はアイツの事を思い出した。 「あの…、獄寺は?」 「…隼人?」 「獄寺、いましたか?」 そう聞くと、ビアンキさんは不思議そうな顔をした。 「いえ…、見てないわ」 「……見えなかった、かもしれないけどね」 「恭弥」 不謹慎なヒバリさんの一言に、ディーノさんは咎めるけれど、彼のいう事は正論だった。見えなかったのも大きくあるけれど、もしかしたら、『今』はいるかもしれない。ビアンキさん達がいつ、体育館に行ったのかは分からない。だから、さっきまでいなかったんだけど、も通じてしまうのだ。 けれど、てっきり獄寺がそこにいると思っていたから、ビアンキさんにソレを聞いたのに、もう獄寺が『いない』という覚悟が出来ていると思っていたのに。ビアンキさんは少し真っ青な顔になった。私はきっと、最悪な事をしたのだろう。最悪だ、最低だ。本当に、知るのと知らないのでは、どちらが幸せなのだろう。 そこで、ガラ、と音がしてドアが開く。 「あ、皆いたんスね」 「どうした?辛気臭いぞ!」 中の雰囲気とは全く違った空気で、山本、了平さん、花が入ってくる。とは言え、花はどこか疲れているような顔をしていた。多分、現役運動部男子二人と一緒は疲れたのだろう。ぐったりして近くの椅子に腰をかけた。 「もう…疲れた……」 「お、お疲れさま…」 ふ、とディーノさんを見ると、何やら考えているような顔で了平さんを見ていた。(ああ、そうか、)京子の事を言うかどうか悩んでいるのかもしれない。 実兄の了平さんが、京子が今どうしているか、なんて悩むのは当たり前だ。だけどそれを悟られないように明るく振舞っているのは、凄いと思う。私には多分、絶対出来ない事。 いや、もし私に兄が居たら姉が居たら妹がいたら弟が居たら、きっと、きっと、誰かがいなくなった瞬間に、「ああ、××じゃなくて良かった」なんて、平気で思っている。例えその居なくなったのが、京子でさえ、持田先輩でさえ、髑髏でさえ、…獄寺でさえ、 (ツナで、さえも) 「…へえーそれで今、その体育館をどうするか考えてたんスね」 「そうか…、京子が…」 「…京子」 今まで私達が話していたことを、三人に言うと、やはり了平さんと、花はまず京子の安否に安心したようだ。山本はきっと、触れないべきと考えたのか、その二人の様子に苦笑する。でも例え、今どんな状態であろうと、嬉しいのだろう。だけど、その、『状態』が状態なだけに、少し顔色は暗いのはしょうがない。 三人が一息つくと、ツナが周りを見渡して様子を確認してから、言った。 「じゃあ、体育館に行く事にするの?」 「でもツナさん、体育館には行けないんじゃ…」 「うんうん、そこなんだよねー!」 内藤が言葉通りうんうん、と唸っていると、ディーノさんとリボーンがホワイトボード前に歩いて行き、そこで何か会話をしていた。きっといつも通り計画を立てているのだろうけど、他にする事もなくそこをぼーっと眺める。それは皆も同じのようで、いや、もしかしたら早く行動をしたいから眺めているのかもしれない。だって、あのヒバリさんだって見ていた。 「体育館、もう行けないんですか?」 と、今まで言っていた事を口に出してしまった。教室内がシンとし、なんだこいつという目線をヒバリさんから浴びているのをヒシヒシ感じながら、私は訂正する。「いや、あの!何で行けないんですか?っていう…!」 「…いたんだよ」と、ヒバリさんは不機嫌そうに言う。 「えっと……」 「んーとな、何ていえばいいのか分かんねーんだが…とりあえず無害そうな奴だった」 「え?は?…じゃなくて……、えっとどういう事ですか?」 「…はあ、あのね、体育館までに行ったのはいいんだけれど、そこにいた『もの』と目が合った瞬間戻されたのよ」 恐らく、ビアンキさんが溜息をついたのは私のせいなんかじゃなくて、ヒバリさんとディーノさんの素晴らしすぎて思わず泣きたくなるほどの説明力のせいだ。あの2人自己完結しかしてないじゃないか…。 とりあえずビアンキさんの分かりやすい説明を聞き、私は納得する。周りも同じようになるほどと思ったようだ。 ――それにしてもその、体育館にいた『もの』とは一体何者なんだろうか…害はなさそうだからまだいいけれど。 「ところでよ、」 山本が私に耳打ちする。 「、お前…あいつらは?」 「あ…え…と…髑髏は…」 「……そっか、」 今まで聞かれなかったのが不思議なものだ。山本が頬をかくと、再び声を上げる。 「…ん?だったら他の奴等は?」 「あー…」 はぐれた、と言っていいものか。アレは今思うと、私が少し黙っていて、少し落ち着いていれば二人と一緒だったのだ。今ごろどうしているのだろう。私一人こんな所でゆったりとしていいのだろうか、そう考え出すと止まらない。 「……?」 山本がそう言って、私の顔を覗き込む。だけど、私にはどう答えていいのか分からなさ過ぎる。私のせいだ、と言えばそうなんだけれど、どうしても、ソレが言えない。私が悪いんだ、私の責任だ、って大声上げていえる問題でもないけれど、胸張って言えるものじゃないけれど。 「あー…、すみませーん!」 「…山本?どうしたの?」 「オレとで、黒曜の奴らの捜索行ってきまーす!」 「……え?」 彼はそう言うと、おもむろに私の手首を掴んで、一目散に家庭科室を出た。後ろから、声が聞こえる。ついでに、ディーノさんなんかは家庭科室に出てしまっていた。だけど、流石現役エースと言うか、すぐに見えなくなってしまった。ディーノさんが私達を追わないのは多分、このまま皆が行方不明になるのを恐れたからだ。 最後に小さく見えたディーノさんの表情は、焦り顔だったけれど、どこか「無理をするな」と言われた気がして、私は小さく頷いた。 |
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