出来れば自分だけでも助かりたい。だけど出来れば、皆で助かりたい。

 この二つの感情のうち、どっちが大きいかって、聞かれたくはない。だってどうせ皆が皆、建前は後者、本心は前者だ。伊達にオレだって15年間生きている訳じゃない。…されど15年という所も『大人』から見たらあるだろうけれど、15年というのはとても大きな時間だ。まあ、そのうちの何年かは記憶が無かったり有ったりと曖昧。けれど、ちゃんとその間もオレは社会の常識だとか、そこらをちゃんと学んでいた気がする。

 毎日のようにニュースでは人が死んだなんだという情報が流れる。もし、もしの話だけれど、オレらがこのまま助からなくて、いわゆる神隠しのようなものになったらどうなるのだろう?全国ニュースになるだろうか、それともローカルテレビでしか放送されないだろうか。いや、新聞だけで終わるのだろうか?
 そんな10数人が消えたのに残酷な、とは思うけれどそう考えるオレだって、知らないニュースがこの世界に幾つあるのだ。2歳児が人を殺したというニュースなんて、ザラにあるのかもしれない。それに、例え知っていたとしてもいつかは忘れてしまう。こんな神隠しだなんて話、学校の会話にあがるだろうか。あがったとしても、その話題で一時間二時間使ってくれる訳、ない。

 それだったら、オレらのせいで並盛中学校が廃校になってほしい。こんな事で廃校になるか分からないけど、神隠しがあった学校に来たいと思う子供が、いや、行かせたい親がいるか。それに、何も起こるのが夜だけではないのかもしれない。来たがる子がいても、確実に減る。いや、いや、いや、もしこの事件さえも隠されたら?それだったら廃校どころか、子供だって親だって何気ない顔で子供を送り出す。

 そう考えたら嫌になる。例えここを抜け出してどんなに生きようと、オレが存在した事を知るのはほんの一握りで。「なんで自分は存在しているのか」そんな考えたくもない題が頭に浮かぶ。誰かはそれを一番考えてはいけない事だと、言っていた。


「山本…、なんていうか、…ごめん」
 廊下に出たはいいものの、ただ黙ってしまっている山本を見上げた。
 こうやって山本が、人といるのに黙り込んでいるのは中々珍しいことだ。いつだって周りが見えて、どんな時でも盛り上げ役だった。いや、こんな時にお祭り騒ぎされても困るけれど、決して空気を重くも暗くはしない。それなのに、なんだか私と山本の空気はひどい。それなら私がなんとか、したいのだけれど、今の山本はなんだか話しかけずらい。こんな時だからこそ、考える事があるのかもしれないけれど。
「……山本?」
「え?あ、ああ、悪いな。何かあったか?」
「あー…なんでもないよ」
 やっぱり、なんだか空気は重い。確かに、あの内藤でさえ『なんとか弾』をくらった時みたいに暗くなっちゃうんだから、いつもの調子というのは難しい。それに、睡眠だってあまり安心してとれないのだ。自然と口数は減ってしまうのかもしれない。
「なあ…
 山本は歩きながら静かに言った。
「黒曜の奴ら……もういないとかないよな?」
「……は?」
「最悪な事態も考えるべきだ。…学校っつっても広いからな…」
「………」
「…そんなに深く探さない方がいいのかもなー」
「…山本?」
 つまりは、もし『いない』とすると、こんな広い校内を歩くのは無駄になってしまって、もし調理室から一番遠いところで、最悪な事態に陥ったら逃げるのは大変という事で。
 だけどその発言は、明らかに山本らしくない。初めに、すっごく前向きな事言った山本じゃない。1年の頃から、山本とはずっと同じクラスだからといって、コレが山本らしくてアレが山本らしくない、とか、自信持って言えないけれど、この発言は、いくら獄寺だってしない。(…ごめん獄寺)
 だって、今の山本の一言は、なんだかまるで建前だけで城島と柿本を探しているように思えた。人のいいように見せているように、思えた。
「山本…あのさ」
「………本当に悪ぃ、なんでもねえわ」
 二度目の謝罪を早口で言った。

 てかまず私は、なんで山本達と黒曜中の奴らが知り合いなのかは全然分からないし、検討もつかない。山本だったら、野球の練習試合で、とか思いつく。獄寺とかヒバリさんだったら喧嘩相手だったのかな、と思いつく。だけどツナはどれにも当てはまんない。あの様子から見ると、ツナも山本も獄寺も、それにヒバリさんも知り合いのように見えた。この4人が共通しているもの、と言われても、そんなのは私の知る限りでは無い。
 だけど、獄寺とヒバリさんとかの発言からすると、恐らく喧嘩したのだと思う。なら、柿本とか、城島と乱闘騒ぎになったのかもしれないけれど、でも、それなら髑髏はどうして?明らかに髑髏は喧嘩をするように見えないし、短気な訳でもない。あの変な術みたいなのはおいといて、他は普通の女の子だ。

 というか、そんな事憶測するよりも、実際に目の前に関係者がいるのだから、聞けばいいのだ。微妙な空気の中、私は恐る恐る声をかけた。
「ねえ…、山本達はなんで柿本達と知り合いなの?」
「…んー…、…学校対抗の相撲大会があったのな」
「へ?へえー…髑髏は?」
「あの子は…マネージャー」
 相変わらず廊下は暗いから、あんまり表情は見えない。どんな顔して言っているのは分からないけれど、信じるにも信じないのも今一つ、だった。まず山本達が、ましてやツナが相撲をしているのは分からないし、むしろツナだったら一回戦敗退どこか棄権だ。オレお腹痛いです!とか超言いそう。死ぬ気でなんとかー!ってやつをすれば勝てるかもしれないけれど。
 それとヒバリさんが相撲なんてさらに想像出来ない。体制もだけど、まず、あの人がちゃんと土俵に上がって、その中だけでやるなんて信じられない。自由人な彼を幾ら試合だからと、そこに留められるはずがない。開始1秒で、いやゼロコンマの世界でトンファーを取る。絶対。
「凄い事やってたんだねー…いつやってたの?」
「……この前の冬休みにな、希望者だけでやったんだよ」
「冬休み?」
「そ。ほら、冬だとあまり部でグラウンド使えなくてなー」
 つまりは、自主練の暇な時に相撲を取っていたと。だけど、なんだか違和感がある。
「…じゃー、冬休みに黒曜中の柿本達と相撲してたんだ」
「そーなるな」
「…ふーん、そっか」
 これは城島が初めに話していた事だ。あいつらは夏かそこらに黒曜中学校に転入したもののすぐに去った、と。なのに、冬休みに山本達はあいつ等と、黒曜中という肩書きで会っていた?私には城島の『すぐ』と言う範囲が分からないし、夏に来て冬に転校するのも、世間的に言ってみれば『すぐ』だ。だけど、疑ったら止まらない。
 嘘をつくのは、山本なりに考える部分があるのだからしょうがない。じゃあ、どうして嘘をつく必要があるのだろうか。その、『考える部分』が私に言えないから、だろうけれど、とくに悪い事をしていたようには思えない。もう獄寺なんて堂々と煙草してるから、そんな位でもなさそうだし。


 私と山本は教室に入った。特別でも、なんでもない。ここは今、南校舎の2階だから、2年の教室が並んでいる。ここは、確か2年A組。前まで私達が使っていた教室だ。
「おーい、誰かいねーか?」
「…うーん…」
 足音で大抵、誰かが居るのか居ないのか分かるけれど、もしかしたら隠れているのかもしれないし、それに、その誰かが『人』とは限らない。何かが来たとしてもまずは様子見だ。とりあえず、私は教室の電気を点けた。
「なあ、。ここ懐かしいなあ」
「そーだね。今春休みだから…、次来るときは3階か」
「間違えそうで怖いのな」
 そう、山本は笑う。つられて私も笑うけれど、とりあえずここに城島達はいないようだ。
「あ、これ、あの時の落書きじゃね?」
「うわ…、なんだか恥ずかしいね」
 あの時の、と言うのは2年の終わりの頃の話で、このメンバーと何もなしに別れるのが嫌だ、と学級委員の内藤がロングホームルームの時に言った事から始まる。それで、クラス会みたいなものをする事になって、それでお菓子とかを先生に頼んで買ってきてもらって、何個かの机だけをそろえて立食みたいにしていた。その時に、ペンを持っていた内藤がテンション上がりすぎて教室の壁に文字を書いていた。しかも、中々落ちそうにないもので、先生に見つかったら絶対注意をうける!というもので。
 結局はバレなかったのだけど、もうこうなったらオレらも、と山本は言うものだから私もツナも獄寺も、その他諸々も書いたのだ。だけど結構内輪ネタで書いたから、何個かは先生に見つかって、進級前の大掃除で消されていた。
 これはきっと、デカく『10代目!』と書いた獄寺のせいに違いない。他にも何かないかなあと、壁に手をつけて見る。だけど、周りはなぜか真新しかった。落書きするのが、申し訳ないかのように。
「………あ、あれ?」
?」
「……なんで、コレ…あるの…?」
 別に、おかしな言葉が書いてあった訳じゃない。だけど、絶対的におかしい。確かにここは並盛中学校だ。だけど、おかしい。
「……確かに、なんでだ?今までどの教室行っても…」
「見慣れたもの、無かった…よね…?」
 私と山本は確かめ合うように、目を合わす。
 どの教室も見覚えはあったけれど、全て抜け殻みたいな学校で、確かに春休みだから机に物がかかっている訳はないけれど、無さ過ぎていた。だからどこか、並盛中学校の似たようなもの、と考えていたけれど、これでは『私達がいた並中』だ。
「どういう意味だ…」

 ヴ、ヴ、と音がするのは、照明からだ。そこで、ふ、と顔を上げると、照明が消えた。

 今まで明るかったから、突然消えると本当に目の前は真っ暗だ。それに、月明かりも太陽も明かりもないこの場所で、真っ暗というのは、本当に危ない。一旦目を閉じて、無理矢理ならそうとするけれど、壁に触れている手に違和感を感じた。
「え?え?え?何コレ!!」
 ゆっくりと、ゆっくりと、右手が壁に吸い込まれている。壁をとおり抜ければ廊下だけれど、これで廊下に行けると思えない。どこに行くのだ。
「や、山本!…大丈夫?!」
「……お、おう…」
 なんとか人影だけは見えるようになった。壁によりかかっていた山本は私の様に手だけ、ではなくて、全身だ。頭に響くように声が聞こえる。

えろろ消ろ消えるな

 ガンガンした痛みが来る。音源はやはりこの壁からで、全く私が何をしたというのだ。そんな冷静に考えたとしても、助かる訳じゃない。叫ばず冷静に判断しているなんて、ホラー映画としてみれば最悪な役者だけれど、これはリアルに起こっているのだ。
「っ…離せよ!!」
 山本がそう声をあげると、それに反応したように、一瞬だけ引っ張られる力は弱くなった。だけど、弱くなったといっても、私の力ではまだ無理だ。だけど、山本はどうやら抜け出せたらしく、抜け出した反動でふらふらと机にぶつかった。
…今…」
「…あっ!!ドアが!!」
 静かに、地震が起きたときの揺れのようにドアが閉まり始めているのだ。それを山本も理解したのか、まずドアに近づき、どうにか閉まらないように押さえ込む。だけど、ドアはどんどん閉まっていくし、私の体も壁に近づく。
 しかもまだ、頭はガンガンとする。笑い声のような声が、聞こえる。
「ぐっ…なんだよこのドア…!!」
 よく、どう何をしているのかは見えないけれど、山本の苦しそうな声が聞こえる。と、勢いよくガタン!と音がして、ドアが閉まった。

(ゲンザイ1メイ ユクエフメイシャ16メイ)