「………山本?」

 しかも、山本の姿も見えない。まさか、まさかだけれど、閉まったときに山本は向こう、廊下側に行ってしまったのだろうか。置いていかれた?いや、あんな咄嗟の状況の時にそうするのは間違いではない。人間として当たり前の行動だ。だけど、
「やばいやばい!!もう、離せってば!!」
 そう叫んでも、山本の時みたいに力が緩んでくれるわけもなく、ズルズルと連れて行かれる。壁を目を細めて見ると、なんだか手のようなものが見えた。あれをどうにかすればいいのかもしれないけれど、今の私は何も持っていない。
 本当に、服を着ているだけだし、髑髏のあの三叉槍は調理室だ。彼女は大切そうにアレを持っていたけれど、残念なことにあんな持っているだけで怪我をしそうなものを持ち歩けない。現に、ちょっとだけ指を掠めた。鋭利すぎる。

えちゃえよ


こはらの

だ」

「うるさ…っ!!」
 いつの間にか、このようなものに、言い返せるようになっていたのは喜ぶべきか。

 とにかく、私の体は今動かせない。それに、ドアは閉まっていて、多分、開かない。だけど、でもまずはココから抜け出す事を第一に考えた方がいい。全然良い。だって、ドアとか、そういうものは、そう、頑張ればなんとか出来るかもだけど、こんな変な所に引きずりこまれてる、なんて、頑張ればなんとかなるけれど、でも、引きずりこまれてからではどうしようもない。
「……・─………」
「…え……?」
 今何か、声が聞こえたかもしれない。もしかしたら、廊下にいる山本からの言葉かもしれない。それだったら、どう考えても好機だ。だって、前に閉じ込められたときは、完璧に外と遮断されていた。なのに、こうして声が聞こえるとなるとは、まだどこか抜け出せるのかもしれない!
 …とは言っても、こんな状況でどこに逃げろと言うのだ。どう考えても私は今壁に吸いまれているし、これはどうしようもない。もうこれは掃除機とでも考えた方が楽しくなるのかもしれない。楽しくしたくないけれど。


「…嘘だろ………」
 オレは誰もいない廊下で一人呟いた。そう、一人でだ。なんで一人かと言うと、先ほどまで一緒にいたが、まだこの教室にいるからだ。そして、そのがなんで一人で教室に残っているかと言うと、オレが、裏切ったせいだ。
 多分、から見ればオレがうっかり、廊下に出たように見えたかもしれない。だけど、オレは明らかに自分の意思でここに来てしまった。

 自分だけ、助かろうとしたのだ。
 一番恐れていた事が起こった。こうなりたくなかった。幾ら自分の何かがかかっていると言っても、友達を助けたかった。なのにオレは、ドアが閉まりそうだからと、まずドアに向かった。まずここで可笑しい。なんで、最初にをなんとかしてからとか思わなかったんだ。
 言い訳を考えるなら、「に言われて、」なんて言えるかもしれないけれど、はただ気づいた事を言っただけだ。なんで、オレは真っ先にドアに向かった?自分だけでも助かろうと、例えドアが閉まるのを止めなくても、自分だけは逃げられるようにしたのではないだろうか?
「違う……オレは…間違ってない…」
 間違ってない。決して間違ってない。まずは逃げ道を確保という事をしたんだ。間違っては、ない。だって、もしを助けたとしても、ドアが開かなければ意味がない。二人とも、助からない。それならまずオレが、
(………ああ、)
 今、一番思いたくない事の結論を出してしまった。オレはを助けること、イコール、無駄な事だと思ってしまっていたのだ。を助けることで、自分が助からなくなるのが、嫌で、目の前に逃げ道があるからと、一人で逃げた。

「なんだ…オレ、最低な野郎じゃねーかよ…」

 ふいに、中1の頃を思い出した。あの時のオレも、最低な野郎だった。ツナに言われて、自主練に励んで、励みすぎて骨折して、自殺未遂。オレが死ぬことで、オレの死ぬ理由で、どこか誰かが苦しめばいいとあの時思っていた。先生達はどうだか知らないけれど、ツナだったら絶対、「言わなきゃ良かった」って、後悔するだろう。いや、後悔しろ、と正直思った。
 ずるずると、オレはドアに体をあずけながら床に座り込む。
 将来の夢は野球選手だった。それは小学生の時から、小さい時から変わんなくて、もちろん本気だった。生半可な気持ちでずっと続けていた訳じゃない。いつだって野球の事を考えていた。だからか、いつもスタメンには選ばれていた。だけど、スタメンに選ばれるのは1人だけじゃない。当たり前な話だけど、オレの入っていたリトルでも、スタメンに選ばれる奴らはいて、他のところにもいて、なら全国で見たらいったい何人だ?そこでオレは何番目だ?
「……はあ、」
 物を全部、小さく考えすぎていた。とりあえずオレは最低男という事で。

 嫌になって髪をかきむしると、目の前に『何か』が見えた。その服装は、学ランで、初めはヒバリかと思ったけれど、どうも違うようだ。典型的なもの、足がない。
「なんだよ、お前」
「…………」
「……オレ、もう…どうでもいいんだ」
 自分だけ逃げて逃げて、オレは何がしたかったんだ?今、この状況で助け求めたってオレは確実に批難される。ツナとかだったら、口に出して言わないだろう。だけど、ビアンキさんとか坊主だったら思ったことを口に出すだろう。批難されるような事をしたのはオレだ。それは認める。だけど、がいなくなった、というのを認めたくなかった。
 オレは、我侭だ。
「なあ……お前さ、オレを消してくれよ…」

 そいつは、薄く笑っ──


 全く持って静かになってしまった。先ほどから聞こえてきた声も、もう聞こえなくなる。だけど、引っ張られているのは相変わらずで、もう腕だけではなく肩まできた。ゆっくりなペースだとは思うけれど、これで助かるという希望をチラチラと見せつけるなら、いっその事一気にやってくれ!とも思う。これが拷問されている気分か。いっそ一思いに俺を殺せ!…とは思っていても、生きたいとは勿論思う。いや、これで『死ぬ』のか分からないけれど、明らかにただ事ではない。テーマパークのアトラクションでは、どう考えてもない。

 と言うか、私はどう頑張っても残らなきゃいけない。他の人を犠牲に、は絶対しないけれど、コレをどうにかしなくてはならない。これは、私のせいでこうなっている。壁にも床にも、もっともっと考えなければならなった。
 残らなきゃ、いけない。だって、私まで消えてしまったら持田先輩とか、髑髏はどうなる。私のために、や、私のせいで消えてしまったのだ。それなら私には、(ツナじゃないけれど)死ぬ気で、残らなきゃいけない。
 あんだけビビりだった持田先輩が助けてくれた。先輩らしい姿、というのは部活でしか見たことなかったけれど、部活でも傲慢な態度をとっていたけれど、でも、試合での先輩はカッコ良かった。恋愛とか、そういう面じゃないけれど、あの先輩の姿は好きだった。その先輩が助けてくれたんだ。

 それに、髑髏も。
 髑髏なんて、私と初対面に近いのに。理由は未だ分からない。髑髏とそう話した訳ではない、だけど、彼女は自分を犠牲にしてまでも助けてくれた。もしかしたら、城島や柿本もいたから、という理由もあったかもしれないけれど、でも、あの時は私の名前を呼んだ。あいつらじゃない、私を。

 そう、感動に浸っているけど、だからってこの状況が免れる訳じゃない。『消えてはいけない』と考えるものの、もう半ば諦めが見えてきた。だって、ここで火事場の馬鹿力が!というのは確実に無いし、もしかしてすり抜けたら廊下!なんてさらに無い。
「私に…髑髏みたいな力があれば…」
 もう現実逃避だ。
 だけど、もし私に髑髏みたいなあの凄い手品?が出来ればそれはもうそれこそお祭り騒ぎだ。最初の頃の山本の気まずい雰囲気も吹き飛ばせる。この状況を掃除機に吸い込まれている私、として楽しいかもしれない。だけど、無理だ。出来るはずない。
「髑髏……どうやってんだろう………美少女だと出来るのかな…」
『何バカな事言ってるんですか。君は術師じゃないので無理です』
「ですよねー、むしろどうやるんだろ…」
『なんだったら僕が協力しますか?』
「まじで?…………ん?」

 (あれ?)今までどこに溜まっていたんだっていうくらい、冷や汗が出た。そして恐る恐る私は脳裏に浮かんで来る言葉を発する。「だ、だれ…?」

 もう、幻聴まで聞こえてしまったのだろうか。だけど、この頭のガンガンする感じは先ほどから感じていた。だけど、消えろ、だの、言っていた声とは全然違う。『まさか声が届くとは思ってなかったですけどね…』
「だ、誰なの……」
『まあまあ。アレと離れているので、早くしないと駄目ですよ?』
「ア…アレって…?」

 そう呟くと、右目に、何か入ったような痛みが走る。もしかしたらまずい事になってしまったのかもしれない。こんな時に出てくるのが、いつだっていいものだって限らない。私は死ぬのか。開いている左手で目を押さえているけれど、とくに何も入っていたりするようではない。目玉が飛び出るような感じだったけれど、ちゃんとある。
 そこで、私の思考がどこか遠くへ奥へ奥へ、と追いやられて何も考えられなくなった。今まで、ここは「暗い暗い」言っていたけれど、ここは本当に『闇』だ。暗いどころじゃない。だけど、その暗さに怖さはなくて、なぜか不安になった。一人で部屋に閉じこもっているような、そんな感じだ。

「……クフフ……」

(ゲンザイ1?メイ ユクエフメイシャ16メイ)