本来なら、聞かなくても分かることをオレは思い浮かんだ。

「あ、よかったー!二人ともここにいたんだ!」
「ゲッ!!てめえ、何ノコノコと…」
「はいはい分かった分かったっての!じゃあ、戻るよ?」
「だっ誰がお前なんかと行くかってんだよ!」

 犬と二人で、どうする訳でもなく、調理室に戻れる事も出来ず、ただふらふらと歩いている所には来た。だけど、それは可笑しい光景で、でも可笑しくなくて。少しだけその顔には汗が浮かんでいるけれど、自身は息が切れていない。そんな事はまず置いといて、はどうして今ここにいるのだろう。
 いや、居て悪い訳でもないけれど、でも、あそこで喧嘩別れしたのだからこんな風に気軽に話しかけるわけないと思っていた。だけど犬からしてみれば、こうしてもらった方が嫌にピリピリしなくていいと思う対応、だが。
「そういえば、一緒にいた山本と別れたんだけど…会わなかった?」
「……山本お?あのバットのやつ?…知らねーびょん」
「…本当に?」
「当たり前だっつの!何疑ってんだバーカ!!」
「もーうるさいよお、城島…」
 耳を塞ぐという動作も付けながらは言う。(…気のせい、か?)先ほど思った事を、オレは頭の中で繰り返す。だけど、それもまた可笑しい発言である事が分かった。そうだ、ありえなくて意味の分からない話だ。全く、何を考えているんだろう。

「ん?柿本、どうかした?」
「いや……なんでもないよ──

(君は誰だ、と)


 先ほどの所からは、いきなりもう抜け出せていたらしい。『らしい』と言うのは、そこの所だけどう抜け出したのか覚えていないからだ。しかも何で今こうやって、城島達と普通に歩いている理由も見つけられない。喧嘩別れって奴をしちゃったし、山本と探しに出た時にちょっと、2人を見つけたとしても何話そう…とか思ってたし。私は口が悪いから、また喧嘩が勃発してしまうかと思ったけれど、私にしては頭の良い声のかけ方だ。…頭の良い声のかけ方?なんだそりゃ。私ってばバカだな!…知ってたけど。

 だけど、こうしているのは、私が城島達を見つけ出したからであって、他に理由はない、はずだ。それなのに、なんで私は疑問を抱いているのだろう。全てが全て、私が意識的にやっている事なのに。

「とりあえず……調理室……?」と、柿本が言う。
「そうだねー。…ほら城島、行くよ!」
「う、うっせーよ!言われなくても行くびょん!」
 やっぱり、というか、当然だけど、城島は何度も私の顔色を伺うような表情を見せる。そりゃあ、先ほど口喧嘩したからだ。私自身も、なんで城島に普通に接しているのか分からないけど、ネチネチしているのも嫌だったから気にしない事にする。一人で意地張っているのもしょうもない、し。
「てかよ…、山本って奴どーすんの?」
「うーん……見つかってくれるといいんだけど」
「…ンだそれ」
「いや、でもね、アイツは無事だと思うんだよ」
「なんで」
 なんで、というか。「てかむしろ私が置いてかれたってか…」と、私は自分で言って置きながら首を傾げる。
「はあ?……アイツが?」
「…まあ。…柿本どうかしたー?」
 先ほどから黙っている柿本に声をかけたけれど、とくに反応は無かった。シカトか、これがイジメの始まりと言うのかこの野郎。先生!このクラスではイジメがあります!

 ともあれ、『置いていかれた』なんて軽く言ったけれど、私は置いていかれたのだろうか?自分で言っといてアレだけど、なんだか凄い嫌な言い方だし、だからか山本が凄く嫌なキャラに感じる。山本は今ここに居ないし、でも例え意識して外に出たとしてもそれは正当防衛(いや、防衛してないけど、)…正当な判断だと思う。それなのに、なんで嫌味を言うんだ私!
「ふーん、じゃー捨てられた訳か。だっせー!」
「……もう何とでも言ってよ…」
「…な、何マジになってんだよ」
 と、城島は頼りなさ気に呟いた。言ってきたのはそっちなのに。

 そういえば、私はあの教室から抜け出した後、めちゃくちゃ走った記憶がある。それは確か、城島達を探すと言う理由と、あと、会わないためだ。何に、と言うのは上手く察してもらい所なのだけど、それは置いといて。
 それなのに、私はさっきから全然疲れていない。いや、汗はかいているものの、息が切れていない。なかなか可笑しい事件だ。私、自慢じゃなさすぎて逆に自慢になるけれど長距離は不得意だ。大の、不得意だ。だって、私の所属する剣道部に長距離走なんて関係ない、全く無い、無いでいい、むしろ万々歳。体力面ではあるかもしれないけど、でも長距離だと?知らないよ!


「あ、着いたね」
 そう言いながら私は調理室のドアを開けた。すると、入り口付近にいたディーノさんは緊張した顔から一転して、安心したような顔見せる。
「あー…良かった…
「ん?その様子からすっと、城島犬達も見つかったみてーだな」
 リボーンがディーノさんの肩に飛び乗った。その二人の声を聞いてか、何人か(と言うかヒバリさん以外)が、こちらに集まった。なんだか、こんな風に輪になって集まれるとは、なんだか恥ずかしい。
 私は右手で、文字通りそのまま頭を抱えた。やれやれだぜ!

「でも本当に良かったー何もなくて…あれ、山本は?」
「あー…えっと……」
「…、そいつに置いてかれたんだってよ」
「は?何言ってんだよ、山本がを置いていく訳……?」
 ツナにそう言われ、なぜか私は肯定も否定もしなかった。ただ曖昧に笑って、あたかもそれを『肯定』しているように。
 山本は私を置いてってなんか、って言いたいのに口が動かない。ちゃんと否定して、説明したいのに、私の体は私が思ってもいない動きをする。これで、多分ツナは誤解した。故意的に誤解させているのは、私だけど。
 勿論そんな私の笑みの意味を真逆に取るはずもなく、ツナは私を凝視する。
「な、なんで山本が…?」
「…よく分かんねーけど、変なのに遭遇してさっさと逃げたらしーびょん」
「……まさか…」
「仲間だなんだ言ってる割にそっち冷たくねえ?」
 城島は責めるようにそう言った。

 否定したい。山本は逃げた訳じゃない、って。それなのにどうして私の口は動かないの?私がトロかったせいだ、って。言いたいのに。
 それとも私は、本当に山本が置いていったって思っているの?上辺だけ違う違う言っているのに、本当はそう思っているから否定が出来ないの?信じてるなら、なんで私は今?口を動かせないの?
 ぐ、と頭を抑えていた右手を力なく強めると髪が引っ張られた。なんで、なんでこんなにも力ないのだろう。『……おや?』

、ねえの口から言ってよ!山本は……なんで…?」
「……違…」
「どうしたの?何が違うんだよ?…説明しろよ!!」
 叫ぶツナに、思わず眼を瞑りそうなる。いつもの、驚く時に聞くような叫び声じゃなくて、本当に『中学3年生』の沢田綱吉みたいな、声。それに私は震えそうになるけれど、でも、顔は全然涼しい顔して、「それで?」と言うような顔をしている。
 それに、ツナはまた大声を上げた。
「なんでそんな顔してるんだよ!?」
 この中学校生活の中で、ツナは私より大きくなった。身長も、他も色々。だから見下ろされている。それなのに、私は、呆れたような顔をしてツナを見つめ直す。それにまた、ツナは何か言いたげに口を開くが、少し考えたようですぐ止める。
「ま、まあまあツナ!落ち着けって!も、な?」
「……ディーノさん」
「それにしても、お前頭どうかしたか?あ、ええとそういう意味じゃなくて…」
 ずっと抑えていた右側を怪訝そうにディーノさんは指した。そういえば、私はなんでこうしているのだろう。だけど、手を降ろそうにも、動かなかった。どこか隠すように置いている右手はピクリともしなくなった。
「……右…目…?」
「どうかした?ツナ。…あ、ディーノさん、なんでもないですよ!」
「そーか、ならいいんだ!」
「まさか…!!」
 ツナは私の右手を掴むと、そのまま、下に降ろした。痛いはずなのに、全然痛くない。麻酔をした箇所みたいに、触れられた事くらいしかわかんなかった。何かを言い返そうとしたけれど、私の口はまた動かない。驚いた表情もしない。こんなに勢いよく手を下げられたのに、私は転びもしなかった。さっきの疲れない状態といい、まさかいきなり体力も身体能力も向上するはず、ない。私は、いつから可笑しかった?昨日、とかそんな前じゃない。本当に、いつ?
 私の手首を掴んだままのツナは、息を荒げに吐いて、そして言う。
「六道骸!!に何をした?!」
「は?!何言ってんだっつの!こいつが骸さんなはず…」
「骸様……?」
「ツナ、それは本当か?」
 城島、柿本、リボーンがツナの一言に即座に反応して、私の眼を見た。「人と話すときは眼を見て」って言われるけど、そういうのじゃなくて、確かめるように、私の眼、右目を見る。

「クフフ…随分と遅かったですね…」
 私の体から、私の声が、私じゃない声色が聞こえた。
 だけどそれは絶対『私』のはずで、現に私の目の前にはツナが居る。だけど、ツナが力強く握る右手首の痛みは、ない。疲れないし表情も乏しいし、言いたくない事も言う。まるで私の中に誰かもう一人入っているよう。
「心配せずとも彼女には何もしてませんよ。寧ろ、助けたと言うのに…」
「黙れ!いいからから出て行けよ!!」
「やれやれ、ボンゴレは注文が多すぎる」
 わざとらしくため息を吐くその顔は、私がどれほど生きても、おそらく使いそうにない表情。それに、この『人物』はツナも、城島も知っているらしい、し、それに『骸』と言うのには聞き覚えがあった。
「まあ、この子も特異な身体のようですがね…」
「…骸、聞いてるのか?いいから早くから…」
 ギリギリ、とツナが握る私の手首から、どんどん痛みが増してきた。ずっと痛みが麻痺しているのかと思っていたけれど、今更になって本当に痛くなる。心なしか、その痛みは増していた。
『限界…ですかね。…・、Arrivederci?』
「………え……?」
「……骸?」
 そこで、パ、と何かが無くなったように私の身体は動く、それに、
「い、痛い痛い!!離せバカツナ!!」
「は?…あ、ああごめん!…って、馬鹿はないだろー!?」
 本当に痛かった。半端ない。それに今更になって、さっきまで疲れていなかった分が身体にずっしりとくる。簡単に言ってしまえば、ダルい。
 そしてそのまま座り込むと、まだ手首を持っていたツナも一緒に倒れた。
「いって!……?」
「……疲れた………」
 いつだったか、ツナが全身筋肉痛になったって言ってて、それを馬鹿にした記憶があるけれど、本当に全身筋肉痛はキツいんだね。ごめんね。
 そのまま、床に全身倒れこむとツナは呆れた顔をして、それから笑った。

「もう、もう無理、リアルに無理……もう一回ムクロさん呼び出して…」
「イヤだよ……」

(ゲンザイ12メイ ユクエフメイシャ5メイ)