確かにココは可笑しな世界だった。
 普通なら、学校にはもっと、楽しげな声が響いてもいい場所だ。現にあのような物は日常茶飯事のように居るけれど、見える人物は限られている。それなのに、彼らは全員ソレラの存在を確認することが出来て、声も聞こえる。そして、逃げられない。まるで脱出ゲームだ。

 そう、確かに可笑しい所だけれど、自分が関与する気は無かった。
 それにいつもなら、例え契約した者であっても、マインドコントロールか憑依をしない限り彼らの見ている風景は見れなかった。だけど、なぜかここでは見ることが出来た。たまたまか、何なのかここには契約した人物が多く揃っていたから色々な場所を把握できる。しかし、こちらから向こうには何も言えない。例えどんなに足手まといでも、『仲間』の彼らにはヒントに近いものをあげたかったのだけれど、どうにも伝わらないのならしょうがない。あの、特殊な体である、クローム髑髏でさえ無理だったのだ。それなら他でも無理だろう。

 それなのに、なぜ関与した?ただ何も考えずに彼女に話しかけたのが、問題だったのか。だけど、それならどうして彼女は反応が出来た?僕は今三叉槍が近くになければあまり力は使えないし、彼女がたまたまそれで指を怪我したのは本当に偶然だった。

 本当に、可笑しい世界だ。
 そんな世界に自分まで侵されたのか、僕だって可笑しい。こんな何にもならない慈善活動のような事、なぜしたのだ。確かに、憑依するのはなぜか憑依弾も必要なく簡単だった、だけど、


「ぐ……」
「……え?」
 聞こえる物音に揃って耳を澄ますと、聞き覚えがある声に、私は思わず声をあげた。どうやら、向こうもその様でゆっくりとこちらに近づいて来る。
「…まさか…」
「………?」
 暗くてもよく分かるその髪色、銀色だ。そしてビアンキさんがようやく懐中電灯をそちらに向けると、予想通りの人物がそこには居た。だけど前見たよりどこかボロボロで、あんまり視力の良くない目を細めながら、彼は腕で顔を擦った。
「うそ、獄寺ぁ?!」
「ハヤト…!!」
「は…?あね…ぎゃあああ!」
 電灯を放り投げて、ビアンキさんは獄寺に飛びついたものの、今の彼女はゴーグルをつけていない。そのビアンキさんを暗闇と言えどほぼゼロ距離で見てしまった獄寺は思いっきり叫んで勢いよく倒れた。
「……意味分かんね」
 それを城島達は笑うどころか、逆にヒいた顔をして獄寺とビアンキさんを怪訝そうに見る。考えてみれば、ずっとビアンキさんは誰かに言われたのかあのゴーグルをつけていた。だから獄寺とビアンキさんの微妙な距離は知らないだろう。姉弟なのに、と言うのは置いておくにしてもアレほど叫びだすのは、普通だったら可笑しいと思う。
 そして振り払われたビアンキさんは、ため息をつくかのように言った。
「姉を異性として意識しすぎよ、ハヤト」
「ちげ…っ、つかあのゴーグルどこいったんだよ!」
「……あら?どこいったのかしら…」
 確か、ビアンキさんはゴーグルを寝ている近くに置いていた気がするけれど。獄寺は表向きはビアンキさんと話しているけれど(多分)顔を真っ青に染めながら、しゃがんで彼女の間逆を向いている。
 相変わらず、不思議な図だ。

 私はテーブルに体重をかけるように手を乗せる。どこか冷たい気がした。
「…いつから獄寺はここに?」
「いや、そこまでずっと居た訳じゃねえよ……いつからだ?」
「私に聞かれても…」
 うんうんと唸るように獄寺はようやく立ち上がった。「つかよ、」
「お前らも何でココにいるんだ?」
「……え?」
 当然の如く言った獄寺の一言に、私は普通に驚いた。だって、私たちがここに居るのは当たり前なのではないのか?だって、ここは。
 そこまで考えて、私はテーブルに触れている手触りにようやく違和感を感じた。それからここの匂い。ずっとここで『倒れて』いたから、何も感じずに吸っていたこの空気は、調理室とは全く違う。
 なんで、近くにビアンキさんのゴーグルがない?獄寺がこんなにも近くに居た?電気が点かない?なんでどうして、皆がいない?視点を変えればすぐに分かるものだ。私はずっと『調理室にいる』としか思っていなかった。じゃあ、ココが違う場所だったら?今まで、電気が点かない場所と言えば?そうだ、初日に来たあの場所だ。
 獄寺の質問に黙り込んでいると、ヒバリさんがまた欠伸をした。
「まさか、君やっと気付いたの?…相変わらずココが好きなんだね」
「あは……そんな事忘れて下さいよ…」
「はあー?意味分かんねーし、なあ柿ピー」
「……」
 そう、城島は柿本に話をふるけれど、柿本はどうやら分かっているようで『声に出して説明するのも面倒』と言った顔でこちらを見た。
 とりあえず、先ほどビアンキさんが落とした懐中電灯を城島に握らせる。
「………ここ、どこ」
「理科室…かな…」
 室内を一通り照らすと、城島はやっと納得したような顔をした。
 だけど、確かに理科室に居るけれど、なんで理科室にいるのかが分からない。ゴーグルが無いのはここだからで、獄寺が居るのもここだからで、電気が点かないのもここだからで、皆が居ないのも、ココだからだ。ここまでは簡単に結論にたどり着いたものの、そこから先は進めない。

「……どういう事だ?」
 獄寺が少しだけ躊躇いながらも聞いた。
「…なんでココにいるのか、分からないのよ」
「は、はぁ?」
「いや…、本当なんだよ、獄寺」
 それでもまだ、納得していない顔だ。私だって納得出来ない。
 寝る前に、何があったか思い出してみるけれど、寝る時は多分何も無かったと思う。ただ、その少し前ムクロサンによって良い意味でも悪い意味でも凄い体験をしただけだ。ふ、と何だかまたムクロサンに乗っ取られたかと思ったけれど、私に乗っ取ったとしてもこの人数を運べる訳がない。同じ校舎で同じ階と言えど、ヒバリさんを、なんて全く持って不可能だ。しかもそんな中獄寺がいる所になんて、マグレじゃない気がする。
「……ハヤト、あれはハヤトがやったの?」
 ビアンキさんが指差す先を、何と無しに城島が明かりで照らす。そこには、調理室の四隅にあったような盛り塩があった。そういえばココにも食塩はあった。勿論食べはしないだろうけど、実験用のものが。
「…いや、オレじゃねえよ」
「それじゃあ、?」
「え?ビアンキさんが一番最初に起きてたんじゃ…」
「……そう、よね…」
 まるで確認するかのように、ビアンキさんは呟いた。でも、確認も何も、確かにビアンキさんは一番最初に起きていた。一番最初に起きて、私に懐中電灯でめちゃくちゃ照らしてくれた。そんな私にとっては印象深かった事を、もう忘れてしまったのだろうか。

 一息ついていると、獄寺がまた何か思いついた様に声を上げた。
「10代目は…?」
 その声に、私は視線をそらす。元々、ビアンキさんは何か考え事しているし、柿本や城島ヒバリさん達がのほほんと獄寺を見ている訳じゃない。そんな中、私だけ気まずそうに視線をそらすという事は。
「じゅ、10代目…!!」
「ご、獄寺待って!」
 ココから出て行きそうになった獄寺より先に、私はドアの前に立った。初め驚いた顔を見せた獄寺だけれど、すぐに私を睨んだ。
「邪魔だ退け!!」
「ま、待って、今は…」
「いいから…!」
 肩を思いっきり掴まれて退かされそうになったけれど、私はたまたま近くにあったものを獄寺に向けた。ただの威嚇の意味だったのだけれど、それは悲しいことに冗談では済まされないものだった。なんで、これを持ち上げてしまったのだろう。
……」
 不機嫌そうな顔で獄寺は言う。私が取ったのは、三叉槍だった。
「あ…いや…コレは…」
「……チッ」
 コレでは仲違いが起こる!と脳裏に思い浮かんだけれど、案外獄寺は素直にドアから退いた。どうして、ゴーグルは無かったのに、コレはここにあったんだろう。

「まさか、ね…」と私は小さく呟いて三叉槍を見つめた。

(ゲンザイ6メイ ユクエフメイシャ11メイ)