状況を整理すると、まずこの理科室には居なくなった獄寺と、ビアンキさん・ヒバリさん・城島・柿本、それに私がいる。となると、もう一方にはツナ・リボーン・ハル・花・了平さん・ディーノさん・内藤がいるのだろう。見事に別れさせられたと言うか、一見共通点がありそうでないグループ分けだ。いや、とにかく一人にならなくて良かった、と安心する所か。
「あ、そういえばさ。さっき柿本何か夢見てた?」
「夢……?」
「聞き取れなかったけど、ブツブツ言ってたよ」
 ただの話題作りとして、私はそう聞いたけれど、柿本は小難しそうな顔をして考え始めた。そこまで、悩むものでもないと思うけれど、やっぱり人に言われたら気になるものなのかもしれない。私だって、「寝言言ってたよ☆」なんて言われたら凄く気になる。変な事言ってなかった、とか。ベタに、もう食べられない〜とかだったら食い意地張ってるなくらいで安心するけれど、本当にそんな事を言うような夢を見たことが無い。例えば、夢の中でチラっとヒバリさんが出て、それを私が夢を通り超えてこの場で言ってしまったのなら、なんとなく気まずい。変なトキメキが過ぎるだろう。

「…、聞いていたの?」

 呆れるようなビアンキさんの声に、ようやく私は顔をあげた。いつの間にか、話し合いを行っていたようで、私一人ぼーっとしていたようだった。
「ご、ごめんなさい…で、何の話を?」
「どうやって向こうと合流するか、だよ」
「……調理室に行けばいいんじゃないですか?」
 そう言うと、なぜか親切も教えてくれたヒバリさんは溜息をつく。…どうしてだろう。多分、だけど、間違ったことは言ってないはずだ。だって、こっちが移動しただけで、向こうは移動をしていない、だろう。
 …じゃあ、どうしてこっちが移動をしたのだ?何もなしに、移動はしないだろう。あげるなら、移動しなくてはいけなかった…
「……もしかして、」
「そうよ、もしかしたら、調理室で何かが起こったかもしれない」
「オレらはこうして、平気でここに居んのがおかしーって事だろ?」
「……犬、今日は頭がいいね」
 馬鹿だけど、私は馬鹿だけど、城島のようにチャラチャラ(頭髪とか)した奴よりは馬鹿じゃない!とこっそり思っていたのに、思いっきりそれは覆された。屈辱的だ。悲しくない訳ないけど涙が出ちゃう。

「…だから、向こうを探すか、それともこっちで活動するか、よ」
 ビアンキさんが一息置いて、話をまとめた。
 何かをするには、何かをちゃんと決めていないと、取り逃してしまうことがある。だから、今はっきりとどっちを主とするかを決めなきゃいけないのだ。二兎追うものは一兎も得ず。
 その答えはどうやら、私に聞かれているらしい。なぜ、と思ったけれど、自分の意思を頭で何度か考えて、思ったことを言った。
「…こっちは、こっちで、がいいです」
「……何で?」
 ヒバリさんが私を真っ直ぐ見て、聞く。
「もし、もし帰る方法がはっきりとあるのなら、向こうもそこに辿り着くはず…だし、…それに、多分、だけど…」
 今までで一番頼りない言葉だったかもしれない。だけど、私が『予想』していることは、一番なってもらいたいことで、希望だった。
「帰るときは、皆一緒に帰れると思うんです」
 持田先輩だって、京子だって髑髏だって山本だって、きっと一緒に帰って、それで何事も無かったかのように笑っているんだ。そんな馬鹿げた希望だった。カッコいい事を適当に並べた、あやふやな言葉だったけれど、本当にそうなって欲しかった。

 恐る恐る周りの顔色を窺うと、ビアンキさんは、ふ、と笑う。
「それで、決まりね」
「ま、オレは元々その気だったびょ〜ん」
「…オレらに決定権はないと思うけど」
「そこの奴が反論しなきゃいいね」
「なっ!オレの事かよ!…じゅ、10代目はお強い方だから大丈夫だろ!」
 少しだけ明るくなった空間に、私は安心した。これでこそ、このグループなんだ。ヒバリさんとか、柿本とか城島とか、結構絡みがない人たちだっているけれど、折角なんだから出来れば一緒に笑い合いたい。
「それじゃ、未だ分かってないけど…どうするか、だね」
「下にはいかない方がいいよ」
「へえー…下、駄目なんだ」
「………?」
 城島が、私の顔をまじまじと見る。
「お前、何て言ったんだ?」
「え?…だから、下は危ないんでしょ?」
「誰も言ってねえよ、ンな事」
「…………あれ?」
 獄寺にそう言われ、私は首を傾げる。初めにも言ったけれど、ここには私と獄寺と、城島とビアンキさんと柿本と、そしてヒバリさんしか、いないはずだ。むしろ、あの声をしている人がいただろうか。
 皆が皆、変な目をこちらに向ける中、ヒバリさんが口を開く。
「…って、霊感あったの?」
「な、無いですよ!なんでこんな所でそんなキャラが…」
 だって、今までそのようなもの見たことなくて、ここでようやくそのようなモノを見た。だからきっとこれから、例えば髪洗ってる時とかに思ってた『いるわけない』と言う一種の魔法の呪文が通じなくなったのだ。災難だ。
「…それは信じていいのかしら?」
「下が危ない、…ですよね」
「でも何で下なんだよ?並中に、そんな話あんのー?」
 ビアンキさんは一般人だし、城島達は黒曜だしだからで、私達以上に並中を知らない。だけど、私だってそんな話を聞いたことがない。チラ、と獄寺の顔を見たけれど、向こうもサッパリだと言う顔をした。
 誰か、並中に詳しい人がいればいいのに。などと、そう思っていると、一人思いついた。それは目が合っていた獄寺も同じ、ようで。
「…ヒバリお前、並中に詳しいんだろ?」
「それが人に物を聞く態度?」
「ま、まあまあ二人とも!」
 元々、年上は嫌いだと言う獄寺に、むしろツナ(とリボーン)以外に敬語を使う機会が滅多に、いや、皆無に等しい獄寺がへこへこしている姿が思い浮かばない。それにソレをどんな時でも曲げないようだった。

「…確かに、僕は君らより並中にいた。…だけど…」
「やっぱそんな話聞いてないですよね…」
「…断定は無理だけど予想は出来るよ」
 今まで過ごしているうちに何か心残りがあったのか、ヒバリさんははっきりと言った。「…まあ、気のせいかもしれないけどね」
「もったいぶってねえで言えっつの!」
「……犬」
「…今まで、君達はどんな人達に会った?」
 まるで、ナゾナゾみたいに、私達に聞く。
「どんな、って…あの、学生の話ですか?」
「そう。彼らだよ」
「でも、学校だからそんなの…」
 むしろ、こんな所にサラリーマンの幽霊が出た方が違和感が感じる。先生という線もあるけれど、先生だって滅多なことがない限りスーツを着て学校には来ない。それじゃあ、何だろう?
 学生なのに、ここに居てはいけない、理由。
「……旧制服…?」
「そう、にしては早かったね」
「旧制服ー?だからなんだっつーんだよ?」
 城島は首を傾げる。だけど、確かに旧制服なのはおかしいことだ。だって、普通入学前に買うのはブレザーである新制服。ヒバリさんがいるから、もしかしたら選べる、とか思っているかもしれないけれど、アレは風紀委員しか着ていない。旧制服は普通の店ではもう買えないだろう。
「…って事は、確実にオレら入学前…」
「それよりずっと前だと思うね、旧制服なんて20年は前だよ?」
 やっぱり、ヒバリさんは詳しいんだ、と呑気に思った。知らないし。
「それじゃあ、20年前に、ここで何かがあったという事?」
「そうなりますね…、でも、そんなの今ココで分かるわけ…」

 私は、何かを忘れている気がした。何か、頼りになるものを。
 何度も何度も、考えてみるけれど、ソレは思い浮かばない。しょうがなしに、今まで起こったことを初めから思い出そうとした。まず、下駄箱について、それで獄寺と二人になって、アイツは私を置いていきやがって、ヒバリさんと会って…。いや、私は誰かもう一人と会わなかっただろうか。
「…日誌。ビアンキさん!日誌を覚えてますか?」
「ええ、あの職員室のでしょう?…確かに、不思議なものだったわね…」
 とりあえず、もしかしたらあの日誌が関係あるのかもしれない。考えてみればあんな丸字、20年前のものだって聞けば確かに私達が想像する昭和の女子の字、に似ていたと思う。
 だけど、どうしてソレだけがあったのか、なぜ切り取られていたのかは全く分からない。けれど、ヒントが出来たのだから何とかなるだろう。何とか、しなくてはならないのだろう。


 考えられる所まで考えてはみたけれど、結局は行き詰ってしまった。

 職員室、と上がったのだからそこに行けば、とは思い、ドアを開けると嫌な予感がして直ぐに私はドアを閉める。それは皆同じだったようで、私の頬に嫌な汗が垂れた気がした。
 開けて、すぐ閉めたから私はサッパリ何も見ていなかったけれど、ヒバリさんは、「いた、ね」と平然そうな顔で言った。
「下が危ないって…、もう下が危ねえじゃねえか!」
「な、なんで私に言うの?!」
 城島の理不尽な八つ当たりは置いといて、兎にも角にも、ここを移動しなきゃ何事も始まらない。ここにいたって、いつかあの盛り塩がなくなって、一斉攻撃、なんて事もありえる。だけど、あの量はいくら、この強そうなメンバーでだって無理だ。むしろ、私が置いてかれる。
 どうやら、事態は思ったより急展開を迎えていた。

(ゲンザイ6メイ ユクエフメイシャ11メイ)