「、え…?」 思わず声が出た。驚いたからだ。まず一つ目は、ヒバリさんが自ら囮役に買って出たこと。そして、もう一つ目は、私が選ばれて『しまった事』。 「ちょっと待って…、二票ってどういう事なの?」 「君と、そこの君が僕を推したじゃないか」 「…オレはお前だけつった」 「うん。そうだね。だから二票」 どうやらヒバリさんだけが納得しているようで、私はまず会話に参加出来ていないし、同じく参加していない獄寺・柿本はジッとヒバリさんを見ている。ビアンキさんや城島は言うまでもないだろう。 もちろん、ヒバリさんは一瞬たりとも怯みもしなかった。 「何も、囮は一人とは限らないだろう?」 「……それじゃあ、がいなくてもいい…」 「そうかい?…彼女、足が速そうには見えなかったけど」 心臓にナイフが突き刺されたようだった。図星、と言ってしまえばそれだけだけど、この状況、誤魔化しようのない『邪魔』な要素。 「…オレは、ここでと走った事あっけど、別に気になるよーな遅さじゃねえよ」と、獄寺はチラリと私を見た。 「どうせ、最初でしょ?最初と今じゃ、体力に差があると思うけどね」 食べることは出来たって、寝ることが出来たって、全て安心して出来るものじゃない。食べ物に何か含まれているかもしれないし、寝ている時にナニか来るかもしれない。確かに、これじゃあ皆疲れているはずだ。 「そんなん…全員一緒だろ」 「が元々足が速いなら、問題はないだろうね」 「…私だって、足は速くないわ。それなら私が、」 「代わる、はナシだよ。…それに、そんなフォローをしていいの?」 私だって。私だって疲れているのだろう。 ただでさえロクに体力ないのに。しかも、トラブルを起こしているのは私だけじゃないか、と思ってしまう。いや、いや、違う。こんなマイナス思考は駄目だ。こんな時プラスに考える事は難しいけれど、マイナスに考える事を止めるのも、もっともっと難しい。 「は、…はどう思ってんだよ」 気の利かせたつもりなのか、城島の質問に私はハッとし、口ごもった。 「え、えっと…わ、たしは…、」 犠牲になってしまえばいいのに。決定打の言葉が出てこない。口の中をぐるぐると渦巻いて、私は待っている。 誰かが庇ってくれるのを。 私が囮に囮に、なんて思っていたのに。心の奥はこうだ。汚い汚い汚い!!私が汚い!!持田先輩ごめんなさいとか髑髏ごめんねとか思っていたと言うのに結局はこうだ!!私は最低だ!!クズだ!!ああ、もう、それなのにこうして罵っている言葉は口から外界へ出ないし、私の声はまだ誰にも届いていない。誰かが何かを言ってくれるのを待っているんだ。 優しい言葉を。あなたは何もしなくていいのだよ、と。母親のような、父親のような言葉を。わたしたちが面倒ごとは全て引き受けるよ、と。 「……?」 誰かが小さく私の名を呼んだ。駄目、だめ、今の私の顔を見ては 「助けてよ」 私の口から出た、私の声じゃない声。 驚いた私は、喉に手を添えてみるけれど、とくに違和感はないし、体も自由だ。つまりは、『ムクロ』さんの時とは違う。つまりは、ナニか。 ドンッと大きな音が廊下から聞こえた。次第にその音は耳をつんざく程大きくなり、だけど、耳を塞ぐよりも胸を押さえた。 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン 「チッ!もうここは駄目か!!」 獄寺は怒鳴ってそう言うと、煙草を一つ取り出して咥えた。が、先に行動したのはヒバリさんだったようだ。ヒバリさんに手首を引かれたと言うのに私は気付かずにいたけれど、ようやくドアが近くなってきて今の現状を理解する。心臓が高鳴る。いやなおと。 「僕らはこっちから出る。君らはタイミングを見計らって後ろから出て」 「ま、待ちなさい!!」 ビアンキさんの静止は、最終的にドアの向こうで小さく聞こえた。 「ワォ、相も変わらず気味が悪いね」 「ヒ、バリさ…」 縋るように張り付いていたいけれど、それでは邪魔になってしまう。廊下に居たものは『人』だった。だけど、所々おかしくて、胸を押さえていた手は自然と口に移った。 足がふらふらだ。頭もくらくらする。…もしコレをヒバリさんに伝えたとして、彼は私を先に逃げるように言うだろうか?むしろ、どうしてヒバリさんはこんなに平気なのだろう。同じ並中生なのに。同じ人間なのに。何が違うんだろう。今までの経験?剣道の試合の経験ならあるけれど、あの感覚は今とは違う。試合前はドキドキしたりするけれど、あれは良いドキドキで、今のはきっと、悪いドキドキだ。ヒバリさんは、悪いドキドキに慣れているのだろうか?悪いドキドキなのだから、『悪い』ことかもしれないけれど、今にしてみれば『良い』ことに変わるの、だろうか。 そして、一気に『ソレら』が襲い掛かってきた時、ヒバリさんは私を突き飛ばした。その衝撃で、私は壁に打ちつけられる。痛みにうずくまるより、まず何故と言う疑問が浮かんだからか、すぐにヒバリさんを見る事が出来た。ヒバリさんは、私に背を向けている。 「いるのだろ!!!走れよ!!」 冷静なヒバリさんらしくない、怒鳴ったような声。いる、確かに私はここいるけれど、どういう意味だろう。 私は眼を丸めて、ヒバリさんを見つめた。ソレらの悲しむような声や大きな音に紛れて、彼の声が聞こえる。何を、言っているのだ。 「は足が遅いんだ……だから、走れ!!」 ここに来てまで目の前で悪口か!?とつっこむ前に、背中の痛みを強く感じた。意識しないようにって思っていたのに。ああ、だめだ、これじゃあ走れない。折角ヒバリさんが私を逃がしてくれたと言うのに! 「突然何のつもりだ!いいか、僕は君が嫌いなんだ!!それなのに、ここまで助けるなんて全く持って不愉快だ!早く、早く行け!!」 「…ヒバリ、さん……?」 「を連れて早く行けよ!!」 誰と会話しているのだ? いきなり嫌い、って言われてビックリしたけれど、これは私には言っていない。ヒバリさんは、おかしくなっちゃった?いや、違う。おかしくなってない。私の耳だって、おかしくない。私は頭が混乱していたけれど、とにかくヒバリさんはおかしくなってないと言う事は分かった。 じゃあ、何がおかしいの?ヒバリさんの言葉が理解出来ないって事は、何かが変化しているはずだ。 なかなか行こうとしない私に、ヒバリさんはもう一度、背中を向けたまま大声で言った。 「早く行け、六道骸!!!」 そこだけ鮮明に脳まで届くと、私の体は自然と動いた。平然な顔をして走っている。さっきまで何も無かったかのように。今まで何もなかったかのように。ああ、これで逃げられる。 今まで私がずっと望んでいたことじゃないか。逃げること。誰を犠牲にしたって逃げたかったんじゃないのか。そう、犠牲。犠牲…?うん、そうだヒバリさんをこのまま置き去りにして、私は走らなきゃいけない。 だって私はまず使えないだろう。ムクロさんの力?を借りればなんとかなるかもしれないけれど、いつでも出てきてくれる訳でもなさそうだ。それに、話した、と言えるのは一回だけ。それも微妙だ。 だから、私はこのまま走らなければいけない。逃げなければならない。今までだってそうだったじゃないか。逃がして、もらって…、 駄目、駄目だ!ここにヒバリさん一人を置いてはいけない。これは駄目なことだ。きっとヒバリさんが慣れている悪い事よりももっともっと悪い事だ!お願いです、止まって…。ねえ、止まってよ!! |
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