「はあ……はあ……」
 私は今何をしているのだろう。先ほどまで忙しく動いていた足は止まり、急に意識の戻った体は突然の事に対応し切れなくて、壁にぶつかった。ここはどこだろう。暗い。暗い。いつもの通りだ。
 私はそのまましゃがんだ。今から戻れば間に合うかな、とか考えてもみた。そんな勇気も、ないくせに。もう嫌だ。こんな事、何回思ったかな。百回思ったかな。顔に手を当てた。この格好、傍から見れば泣いているみたいだ。

 傍から見られること、ないんだろうけど。

 こんなところでこうしている姿、なんて。いつもだったら、いつもの並中だったら、蹲っている私を見た途端京子あたりが「大丈夫?」って聞いてくるんだろうな。そして、山本が「保健室の場所忘れたかー?」って笑って、「部活連絡ー…って、お前まさか部活サボる気だろ」って持田先輩がふざける。それが普通なのだ。こんなところで走って死ぬほど走って、助かるとか助からないとか、そんなこと知らん顔して、勉強する。いつもの並中。

 一人になったのはいつぶりだろう。いつもだったら、誰かと一緒にいたし、それに一人になっても都合よく誰かに会った。だけど、今は都合よく私の目の前を通ったりしない、何の音も聞こえない。

 いなくなったんだ。みんな。
 そういえば、ビアンキさん達は無事だったんだろうか。あれほど焦っている雲雀さんが脳裏に浮かんで、少し不安になる。

 だれか、わたしをしんぱいしてくれないだろうか。
 そう考えて、だけどすぐに無理だなって思った。だって、まず私は囮として外に出て、それなのにヒバリさんに助けられた。でも、だけど、何だかんだ言っても皆優しい人たちだ。ヒバリさんが最初にまず私を推した時も、皆はかばってくれた。優しいなあ。ああ、なんて優しいんだろう。
『……動かなきゃ、危ないですよ』
 脳に響くように、だけど耳鳴りのように高いわけじゃなくて低い声が聞こえた。この声は、ムクロさんだ。ずっと手に持っていた三叉槍からふんわりと、何かの力を感じた。
 目の前に存在する訳じゃないけれど、まるで居るかのように思えた。触れたら届きそう。それとも体力がギリギリで、幻覚を見ているんだろうか。見えたムクロさんは背が私よりずっと高くて、白いワンシャツを着ている。
「危ない、って、元からどこも危ないじゃないですか…」
『アナタは……、……いえ、何でもありません』
 なんで私がここまで残っちゃったんだろう。残れそうな人たちはもっと、もっといたはずなのに。それでも私が犠牲になって他の誰かを戻ってきてなんて言えない最低人間。何が悪いなんて分かんないよ。だから、私は悪くない。でも、正しくもないんだ。
『一番楽になる方法は、簡単ですよ』
「……………?」
『死ねば、いいんです』
「はあ……?」
『全ての考えをまとめて、そして、』
 ムクロさんは笑った気がした。つめたく、するどく。
 何だかんだで優しい皆と同じように、ムクロさんも(直接話した事は数回しかないけど)優しかったから、裏切られた気分だった。

 なんでそんな事言うの?って、なんでそんなひどい事を?って。

「ふざけた事…言わないで下さい…」
『そうですか』と、ムクロさんが言ってきり、彼は黙った。

 静かになった廊下は本当に全ての音を吸い取ったみたいで、逆に耳が痛くなった。静かに誰かが叫んでいるのか。声の出ない喉で。


「分かった事を、まとめないといけないわ」
 そう言ったのは姉貴だった。

 無事に、理科室から抜け出せたオレ達だったが、途中柿本千種が怪我をしたという事で、北校舎一階から、三階まで駆け上がり美術室へと避難した。城島犬のクローム髑髏への扱いから、柿本が怪我をした時にはほっといて置いていくのかと俺は思っていたけれど、意外にも、城島は率先して柿本を助けた。いまいち分からねえ連中だぜ。
「まあ新しく分かった事、つってもねーけどよ」
「新しくなくてもいいじゃない。分かってる事、なんでもいいの」
「分かってる事、ねえ…」
 城島が呟いた。改めてこう聞かれると、全く分からないものだ。おそらく姉貴は、関係のある事もない事も、全部あげてけって言いたいんだろうけれど、それが浮かばない。オレ達は今まで一体何をしてきたんだ?
「…何も、ねーじゃん」と、城島。
「……何もないという事はないはずだわ」
「じゃあ、何が分かったって言うんだよ。適当に校舎探して、で?それで?何か見つかった訳?何も見つかってねーじゃん」
 多分城島の言っている事は正しい。校舎の中を分かれて探索しようって言ったって結局分かった事は少ない。出ていろんな所を行った代わりに、人を失っただけだ。
「……意味のない事をしていた訳じゃないわ」
「意味ねーよ!!オレ達が下手に動かなきゃいなくならなかった奴らだっているだろ?!」
「………犬……」
「柿ピーも思ってんだろ!?」
 感情的になっているコイツを見るのは初めてではない。だけど、それを止めようとも思わない自分がいた。うるさいから、黙れと。そう言ってしまえばいいのに、俺は止めなかった。
 他の奴らも同じだった。姉貴も、そして柿本も、一度止めただけ。もし今二人の気持ちがオレと一緒なら、止められないだろう。
 城島がこう言った事によりハッとした。今まで考えなかった事じゃない。考えたくなかった事だ。気付いたって、誰も言わなかった。言いたくなかったから。それを言ってしまえば、不安で押し潰されてしまう。
「オレらのしてる事は……無意味な事じゃねーのかよ!?」
 城島が、誰かを責めるように、言い聞かせるように全員に向かって言った。ああ、どうしよう。言い返せない、と言うより、オレの中には、言ってしまった、という呆然として気持ちが佇んでいる。
「無意味、なんて―――」

「おいおい、そう言っちゃダメだろ」

 と、言ったのはオレらの中ではない誰か。
 反射的にオレ達は声のする方へ顔を向けた。そこにいたのは、跳ね馬ディーノ、そしてリボーンさんだった。気がつかないうちに、ドアが開いていた。そこまで話に夢中になっていたのか。「すまねえが、話は聞かせてもらった。確かに結果は出てねえけど、無意味なんて、言ってくれるなよ…」
「けど、」
 城島が噛み付きそうな目つきで跳ね馬を見るけれど、跳ね馬は気付いていないふりをして、オレらをぐるりと見回した。
「……そっちのメンバーは、と恭弥がいねーだけ…か」
「…そちらのチームは……大分減っているわね」
「ああ。三浦ハルに内藤ロンシャン、黒川花とそれに笹川了平だ」
 多いな、と素直な感想が浮かんだが、オレはそれよりもまずいない人を思い出した。「…おい、10代目、は…」
「………ツナは……」
「じゅ、10代目!!!」
 思わずオレは美術室の入り口へと走った。
 何で、何で10代目が居られないと言うのに周りはこれほど冷静なんだ。今この状況で誰がいなくなったいるでいちいち感情的になるのも、優劣をつけるのもナンセンスな事だ。だけど、それでもオレは。
「待ちなさい、隼人!!」
「うるっせえよ!!」
 肩を掴み止めた姉貴の手を振り払って、オレはまた走った。

(ゲンザイ6メイ ユクエフメイシャ10メイ)