きっと、涙ってこういう時流れてくるものなんだろう!私は思わず手で口を覆い、今出る精一杯の声量で彼の名前を呼んだ。 「山本ぉ!!」 多分、声が震えているし足はガッタガタだし、相当情けない状態だっただろう。だけど私の呼ぶ声に彼は笑顔で頷いた。そして、「遅くなって、ごめんな」と私の頭を撫でた。その手にあるバットは凹んじゃって壊れてるし、ハタから見れば恐ろしい人だったけれどそういうのは考えないどこ。うん。今考えちゃったけど。 安心感が込みあがり、ゆっくりと山本から離れる。山本だ、山本がいたんだ!ふと改まって色々考えていると、自然と涙が流れてきた。ああもう、うれし涙なんて初めてだ。 「山本……今までどこにいたんだよ…」 「んー…オレは…」と、ここで少し考えるような顔をした。「気がついたらここにいた、ていうか…」 「気がついたら?」 「ああ、…2年の教室で…と、別れただろ?」 山本が私から少し視線を外した。 「そこまではオレ覚えてるんだけど、次の瞬間ここだ」 「……それ、昨日、だよ?」 「…………まじか……」 静かに頷くと、山本は黙った。だって、山本と捜索したのは、黒曜組を探すーって言った時で、今朝はもう探し終わって、なぜか理科室にいて、それから…。そこまで考えて私は記憶を辿るのを止めた。 静かになったこの教室は不思議と、いつもの教室なような気がした。変な表現だけど、なんて言えばいいのかな。不気味、とか、怖い、とかそういう感じなくて、例えるなら、山本と放課後残って喋ってる、みたいなそういう雰囲気な気がした。「それにしても」と山本は言う。 「ここ…割れたままだったんだな…」 「!う、うん!何で気付かなかったんだろうね。もしかしたらここから…」 「いや、それは止めた方がいいだろ」 山本ははしゃぐ私を制止し、そして、割れたガラスの奥を覗き込む。つられて私も目線だけはそちらに向けるけれど、天気が悪いように黒い雲が辺りを立ち込めている。見える家々に、電気は灯ってない。 「こっちの方が危なくね?てか、二階は意外と高いぞ」 「うーん……そう?」 「――って、ゲームするか?」 突然の質問に私は止まる。 「ゲー、ム?んー…ツナとかランボがやってるのは見るけど…自分ではあんまりやんないなあ。やってケータイアプリとか?」 「そっか。…もし、ゲームなら…今の状況はホラーゲームって所か。ホラーゲームだったら原因追及があるんだよ」 「えーと、ほら、逃げて出口を探す、ていうのは?」 「それにしては校舎は狭すぎる。多分」 狭すぎる。心の中で山本の言葉を繰り返す。確かに、並中はメンバーの半数以上がどこに何があるとかは把握している。把握しているから何だ、という訳じゃないけれど、逃げ道を探すには持って来いなはず。だけど見つからない。探したりないのかもしれないけれどいや待て、ここには並中のスペシャリストの雲雀恭弥がいるんだ。そのヒバリさんもお手上げだというのに私たちがどうすればいいんだ。 考えてみれば私たちは普通に学校に入ったんだ。例えば、どこかの映画みたいにトンネルを抜けた訳じゃない。これが漫画だったら映画だったら、きっと原因がある。××年前に人が死んだとか、何かがなくなったとか。 「探すなって言われたら探す。危ないって言われたらその先に真実がある。…ま、獄寺が言ってたんだけどな」 「獄寺が…、ああ、そういえばこの前ツナと3人でゲームしてたね…」 「そーそー、オレが操作してたんだけど『開けるな』っつーから開けないでいたら進まねーの」と、へらっと笑った。 「山本、らしいよ」 そう言ってみたら、なんだか山本は困ったような顔をした。 「あーあ、何かふりだしに戻った感じ!」 近くにあった机に座り、脱力したようにそういうと、山本は「なんで?」と聞いた。休み始めてから何分くらい経っただろうか。時計を見ても止まってるから何分か分からない。 きょとんとした山本に向かって、私は溜息つきつつ言う。 「いやあのね、私的にはここの窓が割れてる状態、っていうのは世紀の大発見だったっていうか…」 「あー、なるほど…」 「…でも、山本がいなきゃ窓に飛び降りる前にやられてたかもね。あ!私お礼言ってないじゃん!ありがとう、山本」 まるで神を拝むように両手を合わせて頭を下げると、「いや、別に、な?」と山本は口をもごもごしながら言った。 「…でも、確かに大発見ではあったんだよな」 「だよね。だって…」 「ああ、だって前に調べたときには割れてなかった」 「…え?」 思わず出てしまった声を止める事が出来るはずがない。私は固まった表情のまま、驚いている私に驚いている山本を見た。 「オレらが一番最初に調べただろ?」 「そ、そうだっけ…?」 「……色々あったもんな」 最初は、確か最初は、ここの1・2階を調べる事になったんだけど獄寺の班の花が怪我したから、って、急遽3・4階も調べる事になったんだっけ。遠い記憶のようだけど、はっきりと覚えている。 (だって、その時4階の音楽室で。) 「まあ、オレの覚えてる限りでは、ここは確か割れてなかった」 「そうだったんだ………じゃあ、誰か割ったのかなあ?」 「んーでも、ヒバリがガラスは割れない、って言ってなかったか?」 ヒバリさん級の人が割れないって言ってるって事は他の人間では絶対割れなさそうだなあ。私とかはもう置いといて、了平さんでも、ディーノさんでさえも。 山本と2人でうんうん唸っていると、ふと浮かんだ。 「あれ?なんでまたあの人出てきたの?」 「あの人って……さっきの?」 「うん。おかしくない、かなあ…」 「…………」 山本は黙って、何かを調べるかのように窓辺に寄った。 おかしくない、だろうか。あ、えっと、この『おかしくない』っていうのは打ち消してるんじゃなくて、『おかしい』という意味で捉えてもらいたい。うん。だって、何でまだいるの?だって、だって、あの人は外から来たんだよ?なんで外から来たのっていう疑問は置いといて、あそこで待機とか出来ない、よね?山本と話した結果、外の方が危険なんじゃねっていう結果になってた。そういうのはやっぱ私たちとは違うのかもしれないけど、でも、ずっと待ち伏せしていたようなタイミングだった。考えろ。考えろ。きっと今までの中でヒントは出てるはずだ。 「なあ、…」 山本は静かに言った。 「今まで、何が起こってもオレ、こんな所だからどんな超展開もしょうがねえなって思ってた。勝手にそれが仕様だって思ってた」 思い出せ。えっと、最初は確か昇降口にいて、それで追いかけられて、ここの教室に入って、あの人がきて、逃げて、獄寺と2人になって、あの野郎私を置いてきやがって、ヒバリさんに会って、調理室で合流して、塩がなんちゃらってなって、山本達と探す事になって、持田先輩がいなくなっちゃって、戻ったら京子がいなくなってて、お風呂作って……が一日目だ。ああもう長いよ。凄く長い。でも、この中に… 「だけど、」 一日の事全部上げるより、おかしかった事をまとめよう。えっと、えっと、変なの出てくるし、塩はなくなるし、職員室に閉じ込められるし。 「それにも何かしらトリックがあるとしたら?」 「トリック…?」 「そうだ、こいつが急に出てくるのにも、他の事にも!」 そう言われて、私はゆっくりと整理を始めた。おかしい事。おかしい事。 「…ねえ、あのさ、ずっとずっと思ってたんだけど」 「なんだ」 「なんでさ、私と、持田先輩が音楽室に入った時に山本たちは何も分からなかったの?」 責める訳じゃない。でも考えてみればおかしい話だ。あんだけ走り回っているのにあまり周りの音は聞こえない。自分より近い所の音が聞こえるだけ。教室の中にいても分からない。おかしい事、おかしい事だ! 「…気付かなかった」 「え?」 「オレらからは全く、何の音も聞こえなかったんだよ!!」 「き…君さ今、ドア閉めなかった?」「俺?閉めてねーよ?なんで残ってんのに閉めるんだ?」「いや、…閉めてたわ…」 心臓が、揺れた。 「もし、あのさ山本、もし……」 私は今もしかしたら声が震えているかもしれない。落ち着いて、落ち着いて頭に浮かんだことを言おう。 「もし、教室と廊下…いや離れた所では時の流れが違うとしたら?」 塩は消えてたんじゃない。元の姿に戻ろうとしていたとしたら?職員室に閉じ込められた時はドアが閉められた未来に私を置いて移動してしまっていたら?あの人は、この教室のあの人はあの人が出てきた直後の未来に私が戻っていたとしたら? ああもう妄想も甚だしいかもしれない。だけど、これが実際に起こってしまっているんだ。山本の言葉を借りるなら、本当に、超展開。 「時の、流れ……?」 そして山本は、その、時の流れから現れたのだとしたら。 そこでびゅうと風が吹き、髪が乱れ、はっと気がつけば窓ガラスはもう、割れてなどいなかった。(ちょうてんかい。) |
← | ↓ | → |