「だ、だってそう……だよね、ねえ? 山本! そうすれば説明が……や、私バカだし、その、説明がつくなんて断定できないけど、でも……」 「……」 「うん……きっとそうだよ、うん、だってさ、今まで一生懸命走ったりしたのに誰とも会わないとかそういうのないでしょ? 学校だから広いけど、でも並中は狭い方だし……」 「!」 柄にもなく色々と思考を巡らせていたのだが、山本の声でハッとした。が、それは『良い意味』と言うものではなく、考えていたものを邪魔されて少し苛立った感情が目立った。 睨む様に背が高い山本を睨むと、山本は至極冷静な顔で、それよりはむしろ、どこか心配してそうな顔をしていた。 「の考えは分かったから、とりあえず落ち着け」 「……、でも」 「こう言っちゃアレだけど、オレもも頭脳キャラじゃないんだから」と、言って山本はヘラリと笑う。 きっと場を和ませる為に笑ったのだろうけれど、それが何だか今の私にとって癪に障って、この感情を収める為には大声を張り上げる以外に、頭脳キャラじゃない私は考えられなかった。 「そ、それは分かってるよ! でも、だけど………だけどさ…っ、それじゃあ私達が考えなきゃ、誰が考えるの?!」 「………」 「他人任せに出来ないんだよ!? 誰かが……誰かがやんなきゃ……」 『いる』とは限らないのだ。もしかしたら私と山本以外、もういないかもしれない。もしかしたら、もしかしたらを考えた結果がコレだ。 二人しかいない四月の教室はやけに涼しくて、どちらかと言えば寒いと言っても同意を得られるかもしれなかった。 「私が……やらなきゃ………」 思わず目が潤む。私がバカだって事なんて百も承知だ。それでも、それだけど、私がやらなきゃ誰かが困るかもしれない。皆いなくなっちゃったかもしれないから私が。そうしなきゃ、帰れないから。帰れる保障なんてないけれど、でも私がしなきゃ駄目なんだ。きっと。多分。おそらく。 そんな憶測ばかりを立てて、私は―― 「頑張ったって、褒められたいのか?」 「やま、もと?」 「『私はこういうの苦手だけどやるだけやったからいいよね』っていう考えなのかよ。なあ」 「……ち、違うよ」 「頑張って……が一人で頑張って、それで、何が出来たんだ?」まるで私じゃない誰かに言い聞かせるようにいう山本の目には光なんてないようで、怖かった。「何も出来ない癖に、何でやろうとするんだ?」 殴りたくなった。そんな事言う口を殴ってしまえればよかった。だけど、山本から聞かされる言葉一つ一つがどれも正論過ぎて私はただ涙を耐えるしかなかった。 私は何が、出来たんだろう。私は、今まで、何も。 一人で勝手に行動して、色んな事に首突っ込んで。出来ないから出来ないですって言えばいいのに、私はやらなきゃいけないっていう使命感を勝手に背負って、それで。 何一つ出来ていないじゃないか。それよりむしろ、最悪の方向へ持っていく天才だ。バカみたい。知ってたはずじゃないか。バカ。 喋っていた山本の腕が伸びてきて、殴られるんじゃないのかと思い、思わず目をつぶる。だけど、降ってきたのは拳なんかじゃなくて、暖かな手のひらだった。 「……悪い、。半分八つ当たりだった」 「う、ううん……。山本の言うとおりだったよ……」私はゴシゴシと涙をぬぐった。「思い当たるところ、いっぱいあった」 「………は、」 「うん」 「責められたく、なかったんだろ。何もしなかったじゃないかって」 「……うん」 「その気持ち、オレにも分かるよ、――死にたくなるほど」 顔を上げると山本の目に、光が見えた。違う、涙だ。 一年生の頃から一緒のクラスだけど、山本が泣いている所は見たことない。と言うか、普通、大半のクラスメートの涙なんて見ないだろう。よっぽど球技大会とかそういう行事ごとで盛り上がらない限り。私は突然の事に呆けたようにじっと山本の顔を見た。 「期待される度に他人が積み上げた自分じゃない自分像を、必死に守ろうとして、きっと自分ならこうするなっていうの考えて、気がつけば自分は知らない顔して笑ってる」 「山本……」 「……なあ、。オレは、正義のヒーローに見えるか?」 ずっと、私に話しかけてるふりして、誰かに話しかけていた山本の、私への質問。 「わたし、は……」 じっと山本を見つめる。私が初めて会ったときから山本は野球部のエースで、かっこよくて、勉強は出来ないけれど、それは野球の練習に時間を使ってるだけで、実はやれば出来る奴で。 そこまで考えて、私も勝手な山本像を建てている事に気づいた。山本ならこうする、山本ならこんな事しない。きっと彼にとってそれは重みだったのだ。自由に行動できない枷になってしまっていた。 だけど、「山本は、ヒーローだよ」 空気読めないふりして読んでたり、やれば出来る勉強だってやらなくていいのなら投げ出してしまう性格だって事も知ってる。なんていうか、勝手な理想像が出来てしまうのは仕方のないことで、でも、その理想像が悪いってことはないのだ。 「そう、か」 そういう風に頷く山本は、どこか安心したような表情だった。そして山本の口が少し動いたと思ったら、止んだはずの風がふわりと吹いて、消えた。こんな超常現象、もうすっかり慣れてしまっていた私はその事をすんなりと納得してしまった。山本は消えた。それだけの話なのである。 一人になってしまった。だけど、一人じゃない。すっごく恥ずかしい考えだけれど、大丈夫、私には仲間がいるんだ。今までずっと、一人になるのが不安だった。怖かった。何事も自分ひとりでやらなきゃいけないから。だけど、そんなの大丈夫だって分かった。一人じゃないんだ。誰かに、仲間に頼っていいんだ。そう思うと気が晴れた。 『まあ、僕がいますしね』 「………ああ、そういえば物理的にも一人じゃなかったんだ……」 『そういえば、なんて失礼な言い方ですね』と言うムクロさんは何だかまるで、腰に手を当てて怒っているかのようだ。 「……ムクロさんだったんですか」 『質問の意図が全く掴めませんが』 「さっきの、山本」 『―――僕が人を甦らせられるとでも?』 「ムクロさんってスーパー人間だから、出来そうかなあって」 『……一つ言うとしたら、あれはあなたの知っている山本武でしたよ』 ムクロさんはもしかしたら手のかかる人が身近にいるのかもしれない。何だか手馴れたように私の質問を流した。 「ムクロさん……ああ、そっか。ムクロさんがいた!ムクロさんはどう思います?」質問した後に私は何言っているんだと固まった。「えー、えーと、今までの事を総合して、えと、どう思いますか?」 『……自覚済みのバカ程困ったものはありませんね』とため息。『期待されているようですが残念ながら僕には分かりませんよ。むしろ、あなたの方が分かるんじゃないでしょうか』 「私?」 『そう。僕はあまり学校と言うものを知らないので』 「学校……じゃなくて、もっと違うものだと思うのですが」 『大きく捕らえすぎなんですよ』 「お、大きくって言われても……」 きっと確信めいた事を言ってくれているのだろうけれどムクロさんの言葉は分かりにくい。頭の良さそうな人(憶測)だから、もうちょっとバカにあわせてくれると嬉しいんだけど、ムクロさんはその辺分かっていないな!なんて勝手に思った。 「つーか学校に一番詳しいとしたらヒバリさんだし……」 もう降参だ、息を吐いて、フと風の吹く窓を見る。 居た。 ああそうだ。そういえば時の流れがおかしいだの何だの、自分で言っていたじゃないか!女と目が合う直前、私は無様にもバタバタと足音を鳴らして教室を出た。 「……ゥ………アー……ァ…………」 後ろで叫ぶ声が聞こえるけれど、私はそのまま走る。こういう時にどうしてムクロさんが活躍してくれないんだって思ったけれど、そういえばさっきから声は聞こえなくなっていた。手に握る三叉槍を振ってみたりしてみるけれど変化はない。 ちくしょう使えないなあ!と心の底から強く悪態をつくとまるでそれに反応するかのように意識がゆっくりと落ちていった。落ちていく中、見たこともないはずのムクロさんの素敵な笑顔が見えて冷や汗が出たのはきっと気のせいって事にしておく。 |
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