はあ、とため息をついた。気がつけば私はどこかの教室の壁に背中を預けて腰を下ろしていた。息が荒い。何度かムクロさんに体をのっとられて?預けて?いたから分かったけど、私が普通に走って疲れるのとそれ以外に、貸し出し料なのかもっともっと体に負担がかかってしまい、その分疲れてしまう。体が凄く重くてダルいのだ。私が貸している側なのに、とか思うけれど、ムクロさんがいなかったら私なんて早々にリタイアだったろうし、この際背に腹は変えられない。何だかんだ助けてくれるムクロさんに感謝すべきところなのかなとも思う。三叉槍をぎゅっと握り締め、ありがとうございますと念じてみるけれど、彼からは反応がなかった。これもいつもと同じだ。こんな超常現象にいつもとかそんなのないはずなのに、同じところを発見して少し安心する。いつもと変わらずでよかったと、よかったと。

 す、と立ち上がって、辺りを見回した。後ろに机がまとめられている教室だった。まるで掃除中のよう。だけど、なんだか違和感を感じて、私はその机をよく眺めるために近づいた。
「なに……これ……」
 その机はボロボロだった。机とかそういう学校のものは、普通、ボロボロになってしまうと生徒が怪我するとか、そういう事故を防ぐためにここまでは使わないはずだ。
 突然耳鳴りが聞こえた気がして頭を抑える。すると、ボロボロだった机たちは消えて、というより、後ろにまとめられていた机なんてなくなって、いつも通りの教室へと変化した。まるで元からこうですといっているように。そうやって嘯くから、今まで見たものは全て錯覚で、最初からこうだったと錯覚してしまいそうだった。だけど、違う!私はちゃんと見たんだ。並盛中学では絶対に見ないようなあの机たちを!

 だけど、周りの雰囲気はそんなの知りませんと、静かに時は流れる。どういう事なのだろう。どうしていきなり変わった。いや、『戻った』?戻ったと言えば戻ったなのだろうか。元々はこうしたキレイな机だった。あれがおかしかったのだ。夢でも見ている気持ちだった。
(……夢……)
 自分でそう例えながら、どうしてかその言葉が引っかかった。夢、夢。この現状全てを夢オチにしたい訳じゃないけれど、いや、出来ることならそうであって欲しかったけれど、とりあえず、夢という単語がどこか気になったのだ。夢ならば、夢ならば。

 またも頭がこんがらがってしまい、ゆっくりと腰を下ろした。誰か来ないかなと思ったけれど、そういえば、こうして中に入っているときに、また誰かに遭遇したことないよね、と思い出す。そりゃそうだ。グループ毎に行動していたのだから、他のグループと会うことなんてない。
 いや、違う。
「オレらからは全く、何の音も聞こえなかったんだよ!!」
 一緒に行動していたはずの山本は、山本たちは、あの時、音楽室で私と持田先輩があれだけ騒いでいたはずなのに全く何も聞こえてないといっていた。あんなに近かったはずだというのに。それを時の流れが違うと解釈してみたけれど、そうだろうか、確かに、あの部屋であの女がまた出てきたりするのを考えてみると、時が戻ったりなんだりしているように思える。でも違う、違う気がするんだ。

 考えが浮かびそうなのに浮かばないのがどうしてもムシャクシャして、私は思い切りドアを開けて外に出た。
「わっ!」
「………!」
 思い切り人に当たった。いきなりだったから、何かに当たった危ない逃げようなんて考えるよりも、とりあえずびっくりして反射的に後ろに飛びのこうとしたけれど、ドアはもう閉まっていて強く腰を打った。
 閉めた覚えなんてないんだけどなあと腰をさすりながら私は前を向いた。
「かき、もと……?」
、」
 柿本の腕が伸びてきたと思ったら、いきなり両肩をつかまれた。冷静な柿本らしくない行動に、私はまだびっくりした。ココに来てからずっとびっくりしっぱなしだ。だけど、ぶつかった時とは違う驚き。何してるんだこいつという目を向けてしまった。
「……無事、なのか……」
「う、うん……無事じゃなかったら歩けないよ」
「………そう」
 そういえば、と私は周りを見渡すけれど、ここには柿本しかいなかった。
「犬、……とか、他とはもう別々だ」私が聞きたがっている言葉を柿本は躊躇いもせずに言った。
「……大丈夫なの?」
「多分」
「わ、私がこうして大丈夫だったんだから大丈夫だよね!」
 そう言うと、一瞬きょとんとした顔をした柿本は少しだけ口先を挙げて笑った。初めてみる柿本の笑顔に、何だかこっちまで安心した気持ちになる。だが、ここでずっと立ち止まっている訳にもいかない。それを柿本も同時に考えていたのか、目を合わせて二人で頷いた。

 が、またドアが開く音がすぐ真後ろでした。

「は、はひ!」
「……えっ………ハル?」
 後ろを向くと、ハルがそこに立っていた。そっくりさんでも何でもない。ハルがそこにいた。それは嬉しいことだった、だけど、
「……一緒、だったの?」
「……いや、ハルとは今久しぶりに会ったけど……」
「へ?え、えっと、どうしたんですかちゃん、と、えっと、柿本さん」
 状況を理解していないハルは疑問符を頭に浮かべた。そりゃそうだ。私からすればたった今私が一人で入っていたはずの教室からハルが出てくるし、柿本からすれば私が一人出てきたはずだった教室から、なのだから。ハルからすれば、ただ教室の前で立っていた私たち、となる。
「ハルは、いつからここにいた……?」
「えっと、ちょっと前です!確か5分くらい前だったかな……」
「5分……」確実に、私と会ってなきゃおかしい時間だ。
「……あのさ、ここで話すより、中に入らない……?」
「はっ!そうですね!柿本さんの言うとおりです!この中は安全ですよ!」
 そういうハルに先導され、私と柿本はその教室に入った。中に入るといつもと変わりない教室だった。だけど私は先ほどのハルの一言が気になって仕方が無かった。
 ハルはここを『安全』だと言った。それは『外よりは』とか、そういう雰囲気の言葉のように解釈するのもあったけれど、私にはどうしてもそう思えなかった。
「なんだかびっくりするくらいここの教室が落ち着くんです!」
「え、そ、そう……?」
「あれ?ちゃんはそう思いませんか?」
 そう、ハルに聞き返されたけれど、本当に、私にはそう思えなかった。むしろ違和感ばかりある。だけどこの違和感はいつものことだ。知らない教室に入っている、という違和感。よくあることだと思う。自分の教室はなんだかホームで、凄く居心地がいいけれど、他クラス行ったら貼ってある掲示物もなんか違うし空気も違うし、何か気持ち悪いよねってやつだ。
 そういえば、今のハルみたいに思ったことがあったような気がするような、と考えていると、一つの机に何か入っていることに気付いた。
「マスコット?」
「あ!それ!」
 急にハルが声を上げて、その犬のマスコットを嬉しそうに見た。
「ずっとずっと探していたんですけど、やっぱり机の中に――」
「え……」
「あ、これ、友達と一緒に買ったんです!すっごく可愛いですよね!」
「………」
「もう本当に探してて、無くしたって気付いたのが春休みに入ってからだったので、学校に――」
「ねえ、ハル……」
「はひ?」
「あの、さ、ここ……並中だよ……?」
 ハルは、緑中だ。ハルは目を見開き、持っていたマスコットを地面に落とした。そしてそれが落ちた音など、しなかった。

 ハルが居心地がいいといったのはどうしてか。ああ、それはここがなぜか緑中のハルの教室になっていたからだ。どうして、どうして急に。だけどさっき私は見慣れない教室が一瞬にして私の知っている教室に変わる様をみている。可笑しいことではあるが、何も急な話じゃない。

「あ、あれ……そう、そうですよね……ここは並盛中学校、ですよね……ハルったらどうしたんでしょう。あは……」
 怯えたハルが頭を抱えると、またぐらりと風景が変わった。
「2の、Aだ……」
 そこには私の落ち着く2のAの教室が広がっていた。そうだ、そうだ。ここは初めから2のAだったんだ。
「……まるで、夢みたいだ」
「柿本?」
「ありえない事ばかり起きているのに、それを俺らはそうなんだと感受している。ありえない事、なのに……」
 ああ、そういう事だったのだ。私が引っかかったのはそれだった。ここは確かに並中だ。だけど、この並中は所々が可笑しい。それは、誰かの記憶で出来ているからだ。例えば、今は私の。だから、私と山本が入ったときも見覚えのある2のAの教室になったんだ。だから、さっきの教室も2のAだったのだ。恐らく、私の中に入っているムクロさんの記憶ではそれは作れないから、色んなものが混ざって、そして、私の意識が戻ったから急激に変化した。
 そう考えてれば調理室だってそうだ。誰かの記憶ではちゃんと、食材があると、そう思っていたから。
 夢の中では部屋と廊下では流れるものが違う。外を出たら異空間だとしても私たちは受け入れるんだろう。だけど、起きて意識がまたはっきりしている私たちからすれば、出たら廊下に繋がるというのはひどく当たり前な常識で、そこだけは変わるわけがないのだ。

(ゲンザイ3メイ ユクエフメイシャ13メイ)