だけど、まだおかしい所はあった。私はポケットからピンキーリングを取り出す。恐らく京子の、指輪だろう。時間の流れが違うとか、ここは誰かの記憶の中の並盛中学校だとか、そう考えてると、これだけが矛盾しているのだ。 「……ちゃん、今、私が深く覚えているのが緑中の教室だったから、緑中の教室になったんですか?」ハルも私の手のひらを見る。 「うん、多分……。だけど、」 「だけど、どうして『落し物』があるのか」 そう言って、柿本は私たちに見えるように、ネックレスを持ち上げた。絶対に、柿本が付けそうにもないごつごつとしたデザインのシルバーアクセ。あれは、あいつのにそっくりだった。 「それ、獄寺の……?」 「……おそらく」 「ど、どうして柿本さんが?」 「拾った」柿本はいつも通り単語で淡々と答えていく。 きっと勘の良い柿本の事だから、この私の手の中にあるものを理解したのだろう。獄寺、は今どうしてるか分からないけれど、京子は消えた、ともうすでに一番最初から聞いている。これが残っているのなら、私はもしかしたら京子は、と思っていた時もあった。だけど、ただのこれは指輪で、もしかしたら京子のじゃないという可能性だってある。だけど、どうしてもじゃあいらないという気持ちにはならなかった。ずっと気になっていたんだ。 私は震える手で、指輪から手を離す。落ちた音は、した。 「ある……あるんだよコレは!!」 「ちゃん……?」 「だって、さっきハルがマスコットを落とした時は落ちた瞬間に消えて、だから、だから……」 「だから、何」 「……だか、ら………」 またも意見が纏まっていないのに考えが先走ってしまった。だけど、これが『ある』とわかって、なぜか私は嬉しくなった。ここに京子はちゃんといたんだと、そう言ってくれている気がしたからだ。 「見イつけた!」 突然、教室の雰囲気が変わった。ぞくりと鳥肌が立つ。窓を見るとそこには制服を着た生徒達の姿があった。 楽しそうな笑い声を上げて、彼らは窓ガラスを入ってくる。一体何人いるんだよという量で、私たちはすぐさま教室から出ようとするが、相変わらずドアはこういう時に限って開かない。 「「「アハハハハははハハハはははハハハハッハハハッハハハハッハハハハハッハハハハハッハ!!!」」」 何十人もの笑い声が反響して凄くうるさかった。あと少しで私のところに手が届くという時、目の前を机が通り過ぎた。 「何……、してる……!!」 「柿本……!」 「そうですよちゃん!何も全てが終わった訳じゃありません!どうしてそんな顔してるんですかー!!」 とおー!と何とも間抜けな声を上げながら、ハルはえいえいと投げていく。こんなものに机なんて利くものかと思ったけれど、そういえば私は譜面台を投げつけていたことを思い出した。 ハルは、最初泣くほどびっくりしていたはずなのに。今では呆然と立ち尽くす私の前で懸命に、何も出来ていない私をかばいながら頑張っている。私なんて、私なんて、ずっと誰かに頼ってばかりだった。 「ぁ………」 「……!?」 「だあああああもうこうなったら自棄だ!!」 机なんて利くはずない!だけど、こうするしか今の私たちには出来ないんだ!私は隙を見て、ドアに机を投げつけた。すると思っていた以上に簡単にドアは開く。それに呆気に取られた、素早くハルと柿本を手招きした。 そして飛び込むとき、出来るだけ安全なところ!と強く強く念じた。記憶の中で出来ている並中なら、それが出来ると思ったから。 目を閉じた。そしたらぐるぐると色んなことが思い出せた。今まで色んな事があったな、とか、そういうの。こういうのを走馬灯というのかもしれない。だけど、それよりももっと、身近なものに感じられた。なんというんだっけ、これをなんと呼ぶんだっけ。 簡単なことを思い出せなくなるのはよくある事だ。 ああ、いつからドアを開ける事を怖くなったのだろう。そこにあって当たり前のものがないように思えて、そこには怖いものしかないように思えて、開けるのが恐ろしい。 だけどアイツはいつだって思い切って飛び込むんだろうな、って思った。目の前が怖いから、外の方がいいと、外の方がもっともっと怖いなんて、思ってないんだろうな。本当はどっちが正しいなんてわかんないけれど、それが何だか羨ましかった。可能性を信じているようで。 だから、オレももう怖くないよ。お前が可能性を信じているなら、オレだってこの先を信じるよ。 「獄、寺……?」 「!……!」 ドアを開けた先には、獄寺と、よく見ればビアンキさんがいた。よく見れば、というのは、立っている状態じゃなくて、腕を押さえるようにうずくまっていたからだ。その様子の意味を尋ねていいものか、獄寺とビアンキさんを交互に見つめた。 「獄寺さん……ええっと……ビアンキさんは……」 「アホ女……と、眼鏡野郎もいるのか」 「………眼鏡って名前じゃない……」 「ま、まあまあ……とりあえず……」 話がずれてしまいそうだったので、私は割って入り、そして獄寺をじっとみた。獄寺は直ぐに視線を逸らしてしまったが、重々しそうに口を開いた。 「姉貴は………」 「……あなた達、こんな所で突っ立ってないで早く移動しなさい……」 「ビアンキさん……、腕、痛むんですか?」 そういえば一番最初に、花を庇って出来たものがあった事を思い出した。あの時は具合悪そうだったけど、それきりだったからすっかり安心してしまっていた。 「あの、ビアンキさん……もしかしてずっと痛かったとか、あります?」 「………」 ああ、やっぱり。やっぱり、とか言ってみたけど、結局は今思いついただけで、遅すぎるよ。やりきれない思いをもやもやと抱える。いつもこんなのばかりだ。でも、でも。 「じゃ、じゃあ私がビアンキさんに肩を貸す!」 「……は、はあ!?」 「そんな顔しないでよ!ほら、ビアンキさん痩せてるし、いける気がする!」 「よーし!ハルもお手伝いしますー!」 ハルも乗ってくれたし、これからいける、と思ったけれど、ビアンキさんはゆっくりと首を振った。それがあまりにも優しい表情だったから、私はその意図が分からなくて、首をかしげた。 「」 「ビアンキさん?」 「あなたがそうやって提案してくれたのは嬉しいわ」ゆっくりとビアンキさんは続ける。「だけど、それが無謀なことだから、私は止めるわ」 「無謀、って……」 「やってみなきゃ分からない?残念だけど私はそう思わないの」 「……ったく」 すっかり意気消沈してしまった私の横で、獄寺は息を吐いた。「馬鹿、何一人で先走ってんだよ。姉貴ならオレが背負う」 「ご、獄寺……大丈夫なの?」 「あ?」 「だって、今ビアンキさんゴーグルつけてないし、柿本は……文化系だし……それなら一応剣道やってた私が……」 もそもそ言い訳のように続けてみたけれど、また獄寺はため息をつくだけだった。静かな廊下ではそれが響くから、私は嫌にびくびくした。 「それが馬鹿だっつってんだろ」 「……身なりだけで判断して文化系とか言わないでくれる……」 「そういう自覚はあったのかよ」 静かに睨む柿本を止めて、私はビアンキさんをまた見た。いつものように凛々しい目で、私を見てくれていて、何だか恥ずかしくなった。 変わろうと思った。誰かに頼ってばかりの私だったから、自分から行動しようと思った。それでちょっと、焦りすぎたんだ。私より獄寺たちに任せた方が全然いい。これは、私なんか、とかそういう卑下じゃなくて、正論なんだ。前向きに考えた結果。無茶なことをするよりも、もっと合理的に考えた結果だ。 「それじゃあ移動しましょう!」 ハルが明るく言うから、雰囲気も明るくなった。 「移動つっても、場所は決まってねーだろ」 「むー。じゃあ獄寺さんはいい案あるんですか?」 「そっそれを今考えるんだろうが!」 「……考える暇があるの?」 「くそ!文句ばっかな奴らだな!」 獄寺はガシガシと頭をかいた。柿本は他中だったし、こっちと相性が(とくに獄寺と)悪かったから、このメンバーはどうなのかと思っていたけれど、意外とやっていけているようだ。 「つか、どこ行くって言ったってもうほとんど調べつくしてるしな」 「そうだね………あ、」 ふ、と思い出した。そうだ。そういえば。 「職員室、行こう」 |
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