「職員室……?」 柿本が首を傾げる様な仕草をした。そうだ。すっかり忘れていたけれど、職員室はまだまだ謎なところが多かったんだ。いや、むしろ、今だからこそ新しいものを見つけるかもしれない。それにまだあの日誌だって気になってはいる。 「職員室っつったって……」 頭をかきながら獄寺はため息つくように息を吐く。 「……何か問題があった?」 「問題も何も………」 「何?」 口ごもる獄寺に次第にイラつきを感じながら、詰め寄るように獄寺に近づいた。いっつもキッパリあっさりしている時にいきなりどうしたんだ。じっと見ていると、ビアンキさんが仲裁に入るように言った。 「――あなた達、今どこから出てきたか分かってるかしら?」 「え、……そりゃあ2の……」 と、振り返ると、そこは職員室だった。ハルが隣で「え!?」と声を上げた。私は驚きすぎて叫ぶことを忘れていたし、柿本は珍しく目を見開いていている。 2のAはこの棟の2階で、職員室は1階だ。階段を使わなければ、いけるはずが絶対にない。 「……え………あれ?」 「……だから、何でもう一回職員室なんだよ」 獄寺が至極不思議そうに私達を見た。そんな顔をしたいのはこっちの方だ。いや、そういえば私は廊下に出る時に出来るだけ安全なところと念じた。いや、いや、いや、だからそれが何だ。そのせいで場所が変化したというのか。それならばここじゃなくても良かったのではないか。というかそれならば私の仕業なのか。ああもう頭が痛い。 「と、とりあえず、じゃあもう一回職員室見てもいいかな。調べたい」 ここで考えたって埒は明かない。私はそう捲し上げるように言うと、全員頷いた。 気になるところと言えば。 「で、結局ここ来てどーすんだよ」 獄寺が持っているライターを片手で遊びながら、私に問いかけた。 職員室は前来たときと同じように、全ての机の中を調べたけれど何もなかった。そう、あの日誌もなかったのだ。が、それはそうなんだと、元々期待はしていなかったからどうでもいい。 「……どうするも、何も……調べる」 「ちゃーん!こっちの部屋には何もなかったです!」 そうハルがかけてきたのは校長室から。前はあそこに入るのに凄く戸惑っていたのに、今回は簡単に開いた。だが、もう何もないのだろうか。それには少しがっかりする。 ハルを疑っているわけじゃないけれど、自分の目で一応見ておこう。そう思って私は校長室に入った。そこには柿本がいて、柿本なりに何かを探しているようだ。 「……ここで、何かと喋ったんだよね」 少し前のをゆっくりと思い出した。今となってはなんだか懐かしい出来事のようである。突然話し出した私の方へ、柿本の目が移った。 「あれも幽霊とかだと思うと、まあ、怖いんだけど……」 「……どういうの」 「リボーンみたいな感じのサイズの子」 そう言うと柿本は眉間にしわを寄せた。「それから……あと頬に逆?三角形のマークが書いてあるの」 「ふうん……」 「学校に出る幽霊にしたらちょっと場違いだよねえ」 「………そうだね」 ともあれ、ツナみたいにすっごい勘が鋭いわけじゃないけど(って前にも言った気がするなあ)、ここに何かあるっていう確信的な何かはあったんだ。 何かないか、そう闇雲に探してみるけれど、何も見つからない。だけどきっと、何かを忘れているはずだ。 そう思いながら、私は校長室を出て、職員室に戻る。そこには獄寺とハルだけいて、ビアンキさんはいなかった。 「……あ、あのさ」 「なあ。職員室に入る時つったら先公からくだらねえ説教食らう時だよな」 「違いますよねちゃん!職員室は先生に質問するためのところです!」 「質問って何だよ」 「分からない問題とかです!」 「ハッ、アホ女は授業中だけで足りないのか?」 「あ、アホとは何ですかあああ!」 相変わらずの二人の掛け合いに苦笑を通り超えた笑顔で笑う。――いや、いやいや!そうじゃないだろう! 「だ、だから、あのさ」 「おうよ。お前なら分かってんだろ?」 「ちゃんは獄寺さんみたいに問題児じゃありませんっ!」 「誰が問題児だ!」 「だから!!」 堪らず大声を出すと、ようやく獄寺とハルはこちらを見た。まさかここで大声を出されるとは思いもしなかったのだろう。二人揃って鳩が豆鉄砲くらったような顔だ。鳩そんなに見たことないけど。 「ビアンキさん、は?」 「姉貴ならそこにいんだろ」 「そうですよー!ねービアンキさ…………あれ?」 きょろきょろと、ハルが床下まで見る勢いでビアンキさんを探すが、いくらなんでもビアンキさんは私達より年上の女性だ。リボーンとかが消えたならまだしも、パッと見ていないのならそれは。 「どどどどどど……どういう事ですか!?」 「やっぱ突然だったの……?」 「当たり前だろ。姉貴は一人じゃロクに動けねえし……。そんな状態で足音立てないで歩くなんて無理だ」 そういえばこいつ耳良かったなと思い出す。 「だって、でも、そしたらどうして……」 「オレだって分からねえよ」 顔はいつもと変わらないけれど、声に焦りの色が見えた。 今まではどんな事が起こってもなんとなくで納得したが、いきなり一緒にいたはずの人間がいなくなる、なんていう事は受け止めるにはさすがに容量が大きい。嫌な汗が出てくる。 ハッと体の中に何か嫌な予感が通りすぎ、私は急いで校長室を覗いた。ドアは閉めていなかった。閉めていなかったはずだ。 「ちゃん……?」 「……か、柿本も……いないよ……?」 二人が目を見開いた。私は急いで校長室の中に入り、そしてあちらこちらを見渡す。だけど、柿本の姿はどこにもない。隠れてふざけるような性格でもないし、そんな状況でもない。こんな狭いところなのに。 「……まるで、夢みたいだ」 そう言っていた柿本を思い出す。そう、本当にこれは夢だ。いつの間にかさっきまで一緒にいたはずの人がいつの間にか変わっていたりするのは、普通のことなのだ。性質の悪い夢。さっきだって、いきなり2階から1階に来たじゃないか。何もドアを開ける以外にも景色が変わったっておかしくない。山本だって、そうだった。目の前で消えるのを私は見ていた。 夢だと気付いてしまったから、こうなってしまったのかもしれない。気付かなければずっと騙され続けていられた。本当は常に一人だったのか。…いや、それは違う。ただここが夢のような場所、だというだけだ。ちゃんと皆いる。一人じゃない。 ああ、矛盾している。夢みたいだからおかしいのに、夢だからおかしくないと思っている。矛盾だ。おかしくない。いや、おかしい。凄くおかしいんだ。指をさして否定したいほど、おかしい! 「あのさ、」 いつの間にかツナの隣にいた。ああ、おかしい、おかしい。超常現象だ。 「オレ、ずっと考えてた。どうすれば戻れるんだろうって」 「………うん」 「こんな所居たくなかったから、さっさとしたかった。でもさ、出口はないんだよここに」 もしかしたらこのツナは私の作り出してしまった沢田綱吉かもしれない。だけど、何かを得られそうなツナの言葉に、私はただただ耳を傾けた。 弱虫だったツナは、いつの間にかしゃがんで顔をうずめている私と違って、しっかりと前を向いて喋っている。 「だってどこからも出れないし、つまりはどこへにも行けない。それって出口がないって事だよね」 「……だけど、あるって……山本が言ってた」 「出口はある」 このツナはどうやら本当に馬鹿のようだ。私の想像だから仕方ないのかなあと思いつつ、私は顔をあげた。そこには、自信満々の表情の綱吉がいる。何て顔してるんだ、こいつ。 「ずっと否定してた。ここの場所。こんなのいないって。こっち来るなって。……でも、それはあっちも同じだったんだよね」 「あっち?」 「あっち」 ツナは笑う。 「よく、出てけ、とか、俺らの場所だ、とか言われただろ?」 「あー……そういえば」 「そうなんだよ。ここは、無差別に俺らを襲う奴と、出てけっていう奴がいるんだよ」 盲点だったといえばそうだった。だって、ホラーとか、そういうのにはいつだってそんな奴らがいるだろう。出てけとか言ってくるのとか。だから、そうやって分類して考えてなかった。全部同じだと思ってた。 「オレらはさ、」 全部みんな敵だと思って必死に逃げていた。だけどたまに、襲ってこない子もいた。だけどだけど、それさえも皆恐ろしいものだと、私はずっと思っていた。 「ずっと拒否ばっかしてたんだ。そりゃ受け止めるのは難しいよ」 「……みんな、並中生っぽいしね。おなちゅー同士だしね、多分」 「まあ、そう考えれば結構楽だよな」 私の前向きな意見を、ツナは笑い飛ばしてくれたので思わず足を叩いた。未だしゃがんでいる私が唯一届く範囲だった。 「みんな、仲間か……」 「どうかした?」 「いや、なんていうかさ、みんな並盛生だと思うとなんていうかなんていうか……こう、一気に視界が明るくなった気分だよ」 ふ、と私は考える。 「……そっか、みんな、並中生かあ…」 「、さっきから同じ言葉しか言ってないよ?」 「うるせ、だって新発見だったんだもん。……ずっと、こんな所はもう嫌だって思ってた。全然違う学校なんだって思ってた」 「だけど、」私は今までの事を思い出す。ここがすき!素敵!なんて思った事は勿論なかったし、そりゃあ思うほうがおかしいだろうけれど、ずっとずっと嫌だ嫌だとしか思っていなかった。「ここ、並中なんだもんね」 「それなら、現並中生徒である私らが好きにならなきゃ、駄目だよね」 「一個上に、オレら以上に並中大好きな人がいるけどね」 「もしかして某先輩?」 「うん、卒業したのに見回りでうっかりここに来ちゃう先輩」 私とツナは暫く笑った。不思議だ。さっきまであんなに嫌だと思っていたところなのに、どうしてか心地いい。いや、どうしてかなんて、そんなの分かっているはずだ。自分でも言ったじゃないか。自分の教室が心地いいように、自分の学校なんだから、心地よくないわけがない。 「ねえ、ツナ、今どこにいるの?」 「オレ?オレは美術室だよ」 そう言うと、暗かったはずの視界が少し、ぼんやりと、明るくなった。立ち上がってみると、さっきとは違う床の質感。 「…………私も美術室来ちゃったじゃん」 はあ、と息をついて、私は美術室のちょっと大きい机に腰掛けた。そうだ、ずっとここで私はツナと喋っていたのだ。 「まるで夢みたいだ」 私は柿本の台詞をパクった。 「もうほんと、夢だよこれ、夢。嫌な意味とかそういうのじゃなくてさ」 「じゃあどういう意味だよ」 「こうやって来ちゃうところ。だって私さっきまで職員室に居たんだよ。もうほんとびびる。どうやって皆と合流する?」 「……大声で呼べばいつか気付いてもらえるかな」 「ハハッ無理無理」 ツナの発言を笑って真っ向から否定する。それに対してツナからの突っ込みが入るがシカトだ。 「だって、まず教室と廊下じゃ音が聞こえなかったりするんだよ?しかも今みたいなこの現状じゃあ、皆どこにいるか本当に分からないし」 「………一斉に音が流せたら、いいのかな」 「あー、出来たらいいけど、そんなの……」 ツナの理想論に私はまた首を振ろうかと思ったけれど、止まった。待て、いいから待て。ちょっと待て。よく考えろ。一斉に音を?それは不可能じゃないはず、だ。私はゆっくりとツナの目を見る。 「放送室」 「……今日のツナ、馬鹿だったり頭良かったりするね」 「それってどういう意味?」 「褒めてるんだよ!」 さあ、お終いの鐘を鳴らそう。 |
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